不妊治療中に嬉しかった、私のマッサージの先生のひと言 [生殖医療の記録6]


<魔女の宅急便 角野栄子,林明子/amazon>


不妊治療中であることは、ごくごく限られた数人にしか話していなかった。家族と僅かな友人、大掛かりな治療をお願いすることにしていた歯医者さん、それから、アロママッサージの先生。私よりちょっと年上の女性で、ふんわりにこにこした素敵な人だ。

たぶん私が女性として美容にかけるお金は、平均より下だと思う。美容院もなるべく行きたくないから、手入れの少ない髪型にしてもらって、ショートの時は別として半年行かないこともザラだった。化粧品にもあんまりお金をかけたくない。効果も種類もよくわからないし、ずぼらで不真面目だし…。エステなんてもってのほかだ、と思っていた。

でも、ひょんなことから知人の知人、みたいな形で、その先生のアロマグッズの手作りワークショップに参加した時、ふんわりした語り口と、膨大な知識に裏打ちされた意外にも科学的な説明がとっても面白くて、それから過剰にエコエコしていないゆるさも、色んなバランスが好きだなーと思えたので、不妊治療のクリニックへ通う決意をした時に、今までとは違う自分への贅沢、ご褒美として、先生のマッサージにも通ってみよう!と思ったのだった。

不妊治療を始めていること過去の流産のことなども包み隠さず話して、その時々の生理周期や体調にあったオイルをブレンドしてもらい、数ヶ月に一度マッサージしてもらった。とっても気持ちよくて、ハレの気持ちになれた。他の人になかなか言えない治療の話ができるのも有り難かったし、ただおしゃべりをするだけでも楽しかった。

そんな中、二度目の流産をし、病院を替え、それまでの軽い治療(タイミング法と人工授精)ではなく、体外受精にステップアップすることになり、まずは採卵の準備としてホルモン剤を始めて、体調を整えることになった。

そのことを、次の予約日、サロン兼ご自宅(すごく素敵な、落ち着くおうち)に伺った時、施術の前に先生に話した。

そうしたら、

「わ!それじゃあいよいよですね!妊娠したらまた使える精油の種類が変わるんです、楽しみですね〜!」

と言ってくれた。

両手をぱっと胸の前で合わせて、花が咲いたような笑顔で目をキラキラさせて話し続ける。
わ〜どんな組み合わせにしよう、楽しみ!妊娠中もね、後期になるとまた選択肢が増えるんですよ。
赤毛のアンが、「なんて素晴らしいのマシュウ!」という時みたいに。

今でも思い出すと泣きそうになる。本当に嬉しかった。

「不妊治療を始めた」「ステップアップすることになった」もしそれを、治療の必要性や知識とは無縁の状態で私が友人や知人から聞いたとしたら、「つまり子供ができないんだな」というマイナスの印象ばかりがクローズアップされ、「大変だね…授かるといいね…」と言葉少なに応援するのが精一杯だったと思う。

そして、治療の知識があり、実際に通っている人間にとってそれはますます深刻な事柄なのだ。「不妊治療にまで通わなければ授かれない」、通うまでの間あらゆることを試し尽くしてきたが、それでもだめだった、ということだ。
「ステップアップ」というのも、医師から勧められてショックで泣いてしまう、という人も多い。「今よりもっともっと不自然な方法に頼らないとならないほど、自分たち夫婦は妊娠しにくいのだ」と宣告されることに他ならないからだ。

さらに、体外受精までしたとしても、その成功率は30代後半で3割、40歳を超えると1割を切ってしまう。唸るほどお金がかかる割にとても低い。しかもこれは生児獲得率ではなく、妊娠ごく初期の心拍確認の段階までの成功率でしかない。無事に産まれる保障でも何でもないのだ。
加えて私の場合、転院を機に受けたAMH、いわゆる卵巣年齢ホルモン数値の検査結果が著しく悪く(医師から「大変申し上げにくいのですが…」と前置きされた)、不安は尽きなかった。

だから先生の、明るく、未来への展望をまっさきに感じ取ってくれたような様子に、本当に救われた。
努めて前向きにならなければと自分を奮い立たせながらも、知らず視線を落としていた私の肩にポンと手を触れ、明るくひらけた方角をまっすぐに、何のためらいもなく指し示してくれたのだ。

すぐに、あっごめんなさい私、一人で先走りすぎですよね…と謝ってくれた後、でも私ね、〇〇さんは絶対大丈夫だと思うの、何となくね、授かると思う。と言って、にこっと笑ってくれた。

なかなか授からないこと、不妊治療のこと、流産のことを、数少ないとはいえ友人数人に話してきて、心の温まる励ましをくれた人もいたし、悲しいことにざくりと体温を奪われるようなことを言われたりもした。だから、妊娠を前提にその先のことまでとっさに想定してくれた、先生と、先のノートに書いた母の反応に、とても、とても救われた。
どちらも、場合によっては、なんて無神経なことを言うんだろうと傷ついてしまう可能性もあったのかもしれない。先生も、妊娠報告の折にこの時どれだけ嬉しかったかと感謝を伝えたら、嬉しかったからとはいえつい無神経なことを言ってしまった…と反省してたの、と改めて謝ってくれた。あるいは発信者によっては。会話のタイミングによっては。ちょっとしたニュアンスのズレによっては。
どれもがたまたま良い形に組み合わさってくれたおかげなのかもしれない。

私に降りかかった不妊という状況は不運ではあったけれど、それを支える周辺環境においては、これ以上ないくらい恵まれていたと思う。本当に有難いことだった。
願わくば、似た境遇にいる人たちすべての庭に、こんな幸運も植わっていますように。そして芽吹きますように。

その後しばしの月日が流れ、妊娠陽性反応が出て数日後に、代々木公園で先生による手作り化粧水のワークショップがあった。その時はもちろん、他の人もいるし、一度目の妊娠で懲りているのでまだ伝えなかったのだが、このタイミングで、初夏の明るい陽光の下で先生と会える機会があるって嬉しい巡り合わせだな、と思っていた。

安定期を過ぎてやっと先生に伝えたら、ひとしきり最上級の表現で喜んでくれつつ、「…私実はね、あの7月のワークショップの時、あら…?もしかして……?って思ってたの」と言う。ええ!!まさかそんなに早く!?私だって検診でかなり早めに妊娠検査したから判ってただけで、自覚症状だって何もなかったですよ!?とびっくりしていたら、先生、前にも何度か似たような状況で、超初期の妊娠を見抜いていたことがあったのだそうだ。もちろんみんなその時は言わないし、先生もあえて聞かなかったけれど、後から実は…ということが。

「私ね、初期当て得意なの」

うふふ、といつもの柔らかい笑顔で笑う。植物や精油や美味しいお酒が大好きな私のアロママッサージの先生は、実は魔女だったのかもしれない。


(2016年10月2日 初出:shortnote)
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はい、2024年の今もう少し振り返りますと、その後先生には、無事に妊娠した後も何度かお世話になったり、産後にトラブルで子宮摘出になってしまったことも、家族や医療関係者、昔からの友人を別にすればかなり早い段階で打ち明けたのだったな。うちの子が生後4ヶ月の頃にうちに来て頂いたんですよね、赤ちゃんがいる産婦さん限定で、出張マッサージをしてくださるというので。

久しぶりにお会いして、うちの子がベビーベッドですやすや寝ている横で、不運の中にも幸運が重なったと思っているし、オットも二度目はないとわかっている分、瞬間瞬間を二度とないものとして大事にして、この子に愛情を注いでやればいいんじゃないかと入院中に言ってくれたんです、とお互い涙涙で話した後にメールで、本当に大変なことだったけれど4ヶ月のあいだによくぞここまで昇華させている、というあひるさんのすごさ、そしてご家族のすごさに圧倒されています、と書いてくださって、嬉しかったな。

そうだ、そして先生は母とも会っているのだ。3月の出産からこっち足繁くうちに通ってくれて、当時すでに不自由になっていた手で洗濯物を干したり、果物をむいてくれたりしていた母もこの日に呼んで、先生のハンドマッサージをプレゼントしたのでした。当日の写真で、いろんなものが赤ちゃん仕様の明るい午後の居間で向かい合っている施術中の二人を遠くから撮った一枚があって、とても好きです。

母も、先生とっても雰囲気のある方ね、こういう人をリラックスさせるお仕事に向いてらっしゃるわね、と言っていました。そうなんですよ〜。それをお礼のメールで先生に伝えたら、ムードがあるのはおかあさまの方だわ、瞳の色と雰囲気がとても印象的でした、と先生。そうなんですよ!

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シリーズ生殖医療
2024-5-19 生殖医療を受ける日々、序章 [生殖医療の記録0]

2024-05-20 不妊治療で妊娠しにくい体質だと告げられた時のこと [生殖医療の記録1]

2024-05-21 不妊治療のクリニックで受けたセクハラ、ドクハラについて [生殖医療の記録2]

2024-05-23 オットくんと不妊治療(ネタです)[生殖医療の記録3]

2024-05-24 妊娠初期の不妊治療について、院長先生の何気ない一言が嬉しかった話 [生殖医療の記録4]

2024-05-26 不妊治療中、義母から言われて嬉しかったこと [生殖医療の記録5]

2024-05-27 不妊治療よりも前、オット父に言われたことの思い出 [生殖医療の記録5.5]

・不妊治療中に嬉しかったマッサージの先生の言葉(この記事)

・不妊治療をやめる人たちを支える「卒業生の会」の話

・妊婦検診で、実母と疎遠にしていると言った時の助産師さんたちの反応に傷ついた話
・産後一ヶ月健診に、福祉センターの保健師さんが付き添ってくれた話

・凍結胚を破棄した話

・うちの子がこれを読むなら


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