不妊治療中、義母から言われて嬉しかったこと [生殖医療の記録5]


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はい、順番にお送りしています、あひるちゃん10年ちょっと前の不妊治療中の記録、今回はオット母のエピソードです。数年前に別の日記サイトに公開したものをベースにしています。日付を見たら2016年9月に書いていた。けっこう前!

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■不妊治療中、義母から言われて嬉しかったこと

27歳で結婚したものの子供を持つ覚悟がなかなかできず、それでもオットの父が事故で急逝したことを機にようやく親になりたいと思えるようになったのが34歳の時だった。

やっと妊娠を望むようになってからもなかなか授からず、ようやく待ち望んだ検査薬の陽性反応!と歓喜もつかの間、初期で流れてしまったりもした。不妊治療に通い始めた時は36歳だった。

オットの両親は、昔風に言えば嫡男であるはずのオットの嫁が結婚後5年も6年も経っても一向に子供を産む気配がないことについて、何も言わずに静かに見守ってくれた。私が両親や元の家族と不仲で実家と疎遠にしていることもそれとなく伝えてあった。
だから、オットの父が亡くなった時に、家庭というものがうまく機能すると、こんなにも素晴らしい働きをするものなのかと目の当たりにさせてもらい、子供を持つことが怖いと思い続けてきた自分もようやく欲しいと思えるようになりました、お待たせしてすみません、と話した時、オットの母は、それは何より嬉しいニュースだわ、お父さんも喜ぶわ、と言ってくれた。
それなのに初期で流れてしまったりで心配ばかりかけてしまったので(この時も心を砕いて慰めてくれた)、前向きに治療を始めたことを母にはどこかのタイミングできちんと報告しようと思っていた。

長らく教師を勤めた母は、いつもゆっくりとした丁寧な話し方をする。この時も、居間のテーブルで向かいあってお茶を飲みながら私の報告を最後までじっと聞き、「子供っていうのは授かり物だから、できなければできないで良い、くらいの気持ちでいた方がきっといいのよ」といつもと変わらない静かな口調で言ってくれた。

その日はその後、母の教師時代のスーツをあれこれ見せてもらったりして過ごした。少し前にも母の同窓会の服を選ぶため、オットの妹ちゃんと私とで次々着替える母にこっちがいいとかあっちがいいとかファッションチェックみたいなことをしたので、その続きみたいに鏡の前で当ててみたり。あひるさんもちょっと着てみて。えっいいんですか。

教師って卒業式や入学式が毎年あるから、ここぞという時の勝負スーツがいくつか必要なの、と母。流行もあるし、他の先生方や、兄弟がいて何年も通っている親御さんの手前毎年同じものばかり着続けるわけにもいかないし、何しろ35年も勤めたからずいぶんたくさんになってしまったわ。どれも結構上等なものなのよ、との言葉通り、確かに品の良いものばかりだった。

その中に、ひときわ目を引く一着があった。
着させてもらったら、特にジャケットのウエストから腰にかけてのシルエットが女性らしく優美で、襟の形も生地もあくまでシンプルなのにどこかハッとするような佇まいで、とても趣味の良い品だった。

これ本当に素敵ですね!でしょう!?私にはちょっとジャケットの丈が長すぎるんだけど、あひるさんならぴったりね!(母はすごく小柄で、私は身長170cm)

短く直してしまおうかと思ったりもしたんだけど、直さなくて良かったわ、これ、良かったらぜひもらってちょうだい。
えっいいんですか!?嬉しい!
だいぶ前のものだけど流行もない形だから今でも十分着られるし、それこそ子供の入園式や卒園式にもいいわよ。

そう言ってからつと顔を上げて私と目線を合わせ、あっ、というふうにちょっとだけ目を見開いて、

「子供できればいいわね」

と笑った。
ほんとですね!と私も笑って、ほんとほんと、と二人で笑いあった。
頭を寄せ合って覗き込んでいた絵の中に、潜んでいた文字を同時に見つけた子供たちみたいに。
とても嬉しかった。

こんな理由でもいいじゃないか。このエレガントなスーツを入園式で着たいから子供ほしい!そんな他愛ない理由でもいいじゃないか。子供が欲しい。なのになかなか授からない。もちろん深刻に悩む。苦しい。焦る。眠れない。そういう思いもたくさんする。母を喜ばせたい、父が夫に与えてくれたものを今度は夫が子供に渡せるように、夫を父のようなお父さんにしてあげたい、それが叶わないかもしれない、叶えられないかもしれない自分が申し訳なくて泣く。そんな思いも数え切れない。

だけど、子供が欲しい理由のひとつが、こんな単純な、楽しげな理由でもいいじゃないか。不妊治療をしている人、子供がほしい人がいつでも深刻に思い悩んで下を向いていないといけないなんて、そんなはずはない。

母から授かったスーツは吉祥のレアアイテムだった。
これのおかげでその後ほんとに子供を授かりました、という話ではない。もちろんスーツと私の妊娠の間には何の因果関係もない。と、分かりきったことをわざわざ書いておきたくなるほど、妊娠を望む女性たちを取り込もうとするスピリチュアル的な罠は多い。

ただ、心が軽くなった。話して良かった、と思えた。不妊治療の話題は本当に難しく、「話して良かった」と思えただけでも貴重で有難いことだ。

この時母が私にしてくれたように、私も誰かのうずくまっている心を少しだけ軽やかにできたら、閉め忘れていた窓のすきまからからそっと風を送るような、そんなことができたらな、と思う。

来年の春、順調にいけば息子は幼稚園に入る。この秋にはいくつかの園での面接が控えており、いよいよあのスーツの出番だ。今は袖丈を出すためにお直しに出している。


(2016年9月24日 初出:shortnote)
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はい、2024年のあひるちゃんです。このスーツ、のちに幼稚園の入園式と、小学校の入学式にも着ました(ここまでは母にも見せられた!)。中学の入学式にもきっと着ます。楽しみ。

そして、お母さんのね、こう、完璧超人みたいな!慈愛の菩薩様みたいな存在感ですけどもあひるブログの中ではすっかり。もちろんそういう部分もあったのだけど、それだけじゃなくて。先日母のご友人から頂いたお手紙の中に、方向音痴でよく道を間違えては笑いあったというような楽しい思い出話をたくさん綴ってくださった後で、「〇〇さんは本当に優秀で、良き妻良き母良き教師でもあったけれど、決して何もかも完璧な人ではなく、たくさん失敗もして、おっちょこちょいだったりお茶目なところもたくさんあって、そういうところも含めてチャーミングな人でしたね」と書かれていて。本当にその通りだなと思いました。

今回の話は、母との思い出の中でもとびっきりの一編です。

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“不妊治療中、義母から言われて嬉しかったこと [生殖医療の記録5]” への2件の返信

  1. やっぱりお母様、素敵ですね。
    嫁から不妊治療の話をされてすぐ、スーツを子供の入学式に、なんて口にしたら、私だったら反射的に謝ってしまいそう。
    でもお母様は「子供できるといいわね」という、希望のある言葉を下さったんですね。
    責めも追い詰めもせず、ナチュラルに。
    そして希望の芽生えから成就に立ち会った(?)素敵なスーツは、これからもタローさんの人生の節目を見つめていくのですね。
    とても素敵。
    あひるさん、太れませんよ?(笑)
    穏やかな木漏れ日みたいなガールズトーク、宝物ですね。

  2. k.satさん
    ありがとうございます〜。そうなんです!体型変えられんな!?や、でも大丈夫ですウエストとかお直しに出したりしょっちゅうやってるんで!オッケーです!

    そうなんです、嫁から不妊治療の話をされてすぐスーツを子供の入学式に、なんて、ちょっとヒヤッとするというか、普段の関係性がアレだった場合だいぶナニになる危険もあるのですが、全然そういう感じじゃなく、ひたすら晴れやかでしたね。まさしく穏やかな木漏れ日みたいな。

    > そして希望の芽生えから成就に立ち会った(?)素敵なスーツは、これからもタローさんの人生の節目を見つめていくのですね。

    わああ!ほんとですねええ…!
    ありがとうございますううう!!木漏れ日ガールズトークにk.satさんも加わってくださって…もおお…!

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