うちの子の笑った顔が私に似ていて [まじめに]



<くっついた 三浦太郎/amazon>


日常回、というか、しんみり回です。前回に続き、ちょっと重めの話だから書くだけ書いてアップしあぐねていたのですが、前回の流れでこれも載せてしまおうかと。2000字。

うちの子11歳とお布団でころころしてる時にですね。うちの子がにっこにこで。むちゃくちゃにこにこ楽しそうにしているのを見ていて、ふと思い出したことがありまして。

アメリカ人の友人が来日した際、2歳くらいだったうちの子を連れて行ったことがあって。その時彼が、にこにこしているうちの子を同じようににこにこと眺めながら、

「He has a mother’s smile」

と言ってくれたんです。
おお、英語では「笑顔がママ似だね」というのを「彼はお母さんの笑顔を持っているね」と表現するんだなあ、と。

その時のことを思い出して、なんとなく、涙が出てきてしまいまして。ああこの子は私の笑顔を持っているんだな、と思うと、なんだか。

笑った顔が似ているって、嬉しいことだな、としみじみと。
なのでそのまま、英語表現の面白さも含めてうちの子に伝えたんですけども。ころころしながら。

このアメリカ人の友人(カーター)との会話には続きがありまして。

「He has a mother’s smile」と言われた時、私、「And he has a father’s brain」て返したんですね。そしたらカーターも「No doubt」って。「この子はママの笑顔を持ってるねえ」「うん、そして頭脳はパパのだよ」「それな」といったところでしょうか。

でもね、私、この話は子供にしなかったの。
どうしてかというと、これは私の自虐だったな、とごく最近になって気づいたからです。

私しょっちゅう言っていたの。タローは父ちゃんに似て算数得意で良かったねえ、って。何か複雑なことを理解したりする場面で、すごいね父ちゃんに似たんだね母ちゃん全然気づかなかったよ、とか、母ちゃんわかんないから父ちゃんに聞いてみて、きっとすぐ答えてくれるよ、とか、しょっちゅうしょっちゅう言ってたんです。

それをね、こう、今回このようなことになって以来、専門家の先生方に(心理や法律などなど複数人いらっしゃいます)色々と話を聞いてもらっている流れの中で、雑談というか、主軸とは外れますが的に、そういえば…と話したんですね。まだ同居していた頃の某該当人物(検索避けのため伏字)(意味あるのかわかんないけど、名前を口にしてはいけない、って現代の呪術みありますね)が、子供に対してよく「母ちゃんは算数苦手だから、タローは母ちゃんに似なくて良かったね」みたいなこと言ってたんですよね、って。

そしたら先生が、え、ほんとですか!?それは酷いですね…!と、大層びっくりしてくださって。え、そんなにですかね。私も自分でよく言ってたんですけど。いや、あひるさんが自分で言うのと、該当人物さんがお子さんに向かって言うのとではまったく違いますよ、と。そうなんだ…でもそれを該当者に言ったとしてもただの冗談なのに、そんな大袈裟に取られても、と返されると思いますけど…。

という会話が、その後もずっと尾を引いていまして。
あああれは、暴力だったんだな、と。
私は馬鹿にされていて、該当者は私を下に見ていて、その権力勾配を、子供に対してまで面白おかしく、冗談という言い訳で楽しげにラッピングして刷り込んでいたんだなと。大袈裟過ぎますかね?実際そういうふうに本人に直接訴えてみても、そんな曲解されるなんてこっちがショックだ、とため息をつかれたこともあった。

でも、考えてみれば私、逆はやったことないんです。ほんとに父ちゃんはダメね!みたいな、不和家庭あるあるのやつ。私は子供の頃散々親からやられたけれど。
該当者の行動をネタにするようなことをここにはまあまあ書いてきましたが、子供に対してはそういえば、言ったことないんです。できるだけ、良い部分を伝えるように、子供が父親を自然と尊敬できるように、子供にとって父親というものがそういう存在であるように、良いところを努めて伝えるようにしてきていたんですよね。

そういうところも、不均衡だったなあ、と改めて。
当たり前になっていて。でも、単なるジョークのつもりなんだしとか、照れ隠しなんだろうとか、不器用なだけだろうとか一生懸命私は忖度しようとしていて彼が表現しないものを汲み取ろうとして彼が表現しているものから裏の意味を読み取ろうとして。でもそんなものなかったんだなあと。表現していた通りだった私に見えていた通りだった長い長い間

しみじみしんみりしてしまって、そういう色々がむるむるとせり上がってきての、涙だったのかもしれません。うちの子の笑顔からの。

でもこの子は、笑顔だけじゃなく、とても繊細で思いやり深いセンサーを心に備えていて、本当に驚かされることが多いのです。それはもしかしたら私のこれまでの接し方が育んだものかもしれない。あるいは私から受け継いだ資質なのかもしれない。いや、何もかもが親からの遺伝か環境のどちらかなわけでもないし、単にこの子がそうした人格として生まれついた、というだけのことかもしれない。

彼は私の笑顔を持っている。そして、彼だけの心を持っている。

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“うちの子の笑った顔が私に似ていて [まじめに]” への1件の返信

  1. あーお昼終わっちゃう!
    滑り込みでひと言だけ。
    タローさん、素敵なひとですね。
    そして、あひるさんは、かわいくて健気です。
    いろんな事に、いろんな人に誠実であろうと、自分を省みて優しくあろうとする、健気でかわいい女の子ですね。
    でも自分で全然背負っちゃ駄目ですよ。
    ちゃんと分けてね。
    よかったら私にも。

    3分オーバー(笑)
    許せ雇用主。

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