今年のおせち記事をですね、書こうと思ってふと検索したら下書きに上げそびれた記事が残っていまして。2024年2月28日、ほぼ2年前のもの。
年の初めから暗い話で恐縮ですが、これを機にアップしておこうかと思います。だいぶ迷ったのですが…当時の私のように、自分を責めて萎縮している人に届くのなら。5600字。
2年前というと、某事案が明るみに出るより半年ほど前(突然激白されたのは2024年9月)。書かれている出来事は30歳そこそこの時期の辛い思い出です。某事案が判明するよりずいぶん前から、やはり道筋はあったのだな、と思わされます。
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■おせちとピーターパンとフェミニズム
(2024年2月28日)
ええと、新年早々不穏すぎて取り下げた話題を、迷ったけどやっぱり載せておきます。牧歌的なおせちの話題から、ふと一番最初に書いた自分のおせち記事を見返してみたら自虐が酷くてぞっとしたってお話です。宝箱かと思って開けたらミミック。すいません暗くて小難しい話です。
タイトルからしてつらい。恥かき編て。
そして2003年のおせちすごい!テーブルセッティングとかすごいがんばってる!何この赤い紙!かわい〜な〜2003年の自分かわい〜。だってオットと二人だけなのに!しかもブログも始める前の年だからブログのためのネタでもない!なんでこんな頑張ってんの!?オットどうせ見てやしないのに!
煮しめもすごいちゃんとしてる!オット喜びやしないのに!超頑張ってる!
なのに、
昨年は彼の出張にくっつけてってもらい、国内外をすんごい旅行できたというのに。こんなものをおせちと言って食べさせていたなんてorz。ごめんなさい~(T△T)
かろうじてお雑煮はまともですが。新年早々恥をさらしております(^▽^;)。
ひい!自虐が過ぎる!
怖い。かわいそう。
しかもここで書いてる海外旅行って忘れもしない、オットから叱責されて激しく落ち込んだ事案が発生した時なのです。その流れでこういう自虐をネタとしてブログに綴ってたと思うとほんと怖いな。
前にちらっと書きましたが、これを機に詳細を書いてしまうと。
20年ほど前、オットが参加していた国際学会にね、家族枠というのがあったので私も一緒に行ったことがあったんですね。かっこいー。なんかハイソサイエティな感じする。実際は企業向け説明会みたいのだったり普通の学会発表(しかも英語)だったりで、一緒に行ってもど素人の家族にとってはうちのオットやツマは、お父さんお母さんはこんなお仕事してるんだなあへえっていう大人の社会科見学みたいなもんで、まあ面白かったのですけども。
でね、その年の開催国の代表さんが、女性だったんですね。60代くらいかな。国際学会をまとめ上げるホスト役で、会場となっていたかなり大きな科学館みたいな施設の館長さんだったのです。女性が!そんなポジションに!?と当時20代後半だった私はいたく感心し、打ち上げプチ飲み会(日本人のみ数人、女性私のみ)の席で「日本じゃありえないですよね!」と言ったら、オットの仕事の先輩男性が「そうかねえ(・_・)?」と。
ねえナナ…
もしもこれが「そうだねえ」だったら…
あんな悲劇は起こらなかったのに
ワインでしこたま酔っぱらっていた私はつい激怒。延々説教してしまいまして。オットの仕事相手の中心で。先輩も特にそれで気分を害したとかでもなく「あひるちゃんって面白いね〜」って笑って流されたんですけども。私は笑い事じゃないですよ!ムキー!てなってたけど。
で、翌日の帰りの飛行機で、やってた映画が実写ピーターパンだったんですよね。時期からするとおそらく2003年公開のもの。
以下20年前の記憶で書いてるので詳細は違うかもしれないんですが、ウェンディがネバーランドに拉致られて、当惑してたら自分を取り囲む子供たちからせーので「僕たちのお母さんになってよ!」って。笑顔で。それで家事をやらされるんですよウェンディ。ご飯作ったり掃除したり。もちろん求められているのは“優しいお母さん“だからニコニコ楽しそうに働くんですけどね?
もう私卒倒しそうで。エコノミーの座席で血圧ぶち上がり。
って、成田に着いて早々オットにワーっと話しましたら。なんだあれは!血圧ぶち上がったよ!て。あんなんシチューのCMでお母さんとお姉ちゃんがエプロンしてできたよ〜って声かけてパパとボクがは〜いって振り向くのと一緒じゃん!性差別を助長してる、嫌すぎる、とぶち上がってたら。
オットはものすごく嫌な顔をして、「…あのさあ」と。
自分は男だとか女だとかで分けて考えたことはないし、態度を変えたりしたことはない、実力がある人が相応のポジションに就くべきだと思うし、そこに男だとか女だとかは関係ないと思う、それなのに、女性を差別する一部の男性たちへの文句を自分に言われても困る、昨夜の飲み会の時もそうだけど、ああいう話をいきなり捲し立てられてもこっちは黙って聞くしかなくなる、反論するとそれが差別だと言われかねないからだ、でも自分はやってもいないことで感情的に否定されるといい加減腹も立ってくるよ。
と、不機嫌そうに滔々と言われてしまいまして。
さっきまでぶち上がってた血圧急降下。顔面蒼白。
それで私は、ああこの人にはこういうことは言っちゃいけないんだ、怒らせてしまうんだ、嫌われてしまうんだな、と震え上がって、以来そういう話題を避けてきたのですね。
それにね、私、専業主婦で、オットの出張に家族枠で連れて行ってもらってた立場で。
なのにあんな偉そうなこと言って、恥ずかしい!!消えてしまいたい!!
って思ってしまって。
でも、あの、ここ2〜3年でようやく思えるようになってきたんですけど、専業主婦だと、女性差別も黙って受け入れないといけないの?虐げられても仕方ないの?身分が低いの?
そんなわけない。
野木亜紀子脚本『獣になれない私たち』でもあった、主婦だから社会のことをわかってないんだと馬鹿にして!ご近所付き合いだってPTAだって社会なんだからね!と。
あのね満員電車で毎日仕事に出掛けてお金を稼いでいる人たちも本当にすごいと思うんです。体力も気力も、家で家事をするのとは使い方が全然違う。すごいと思うんです。
でもだからと言って、みんな遊んでいたいネバーランドで、家事をやる人がいない!と攫われて、お母さんになって!と笑顔でエプロン渡されたら、笑顔でみんなのお世話をしないといけないの?
今だったら…どうだろうかなあ。今の私なら、オットにああ言われたら。
私が、あのピーターパンの映画のどこが嫌だったのかというと、女性はケア役割に就くべき、という偏見を助長しているように思うからである、とか言うのだろうか。
あれを見ている男の子や女の子たちに、男の子は遊んでて、女の子はエプロンで家事、それがそれぞれに向いている役割でみんなハッピーなんだね、という刷り込みを与えてしまうこと、それが差別であり差別の助長だと私は思うのだ。それを黙って見ていないといけないのか。文句を言ったらいけないのか。
きっとオットに言っても、誰もそんなこと言ってない、って言われるんだろうな。
じゃあどういう意味だったの?と聞いても首を捻ったりため息ついたりされるんだろな。
うん、新年早々これかと。また夫婦の重いやつ。すいませんほんと。この話は去年で出し切ったつもりでいたのにそんなわけなかった。20年溜め込んだものがそうそうスッキリするわけない。
それにもうこれ、夫婦のあれというより社会のあれでは、とも最近思います。差別。女性差別。人権問題。
って言うとまた男だって差別されてるって怒る男性がネット上にはたくさんいるんですけど。確かに男性に押し付けられている性的役割もたくさんあって、それが男性たちを追い詰めているとも思う。でもその不満を女にぶつけて女を黙らせても、解消されないのに。スーツ着てバッヂつけてる国の偉いおじさんおじいさんたちに言って欲しい。私たちが言っているのは同じことのはずなのに。どうして対立するんだろう。
今の日本でベースになっているのは、「心身ともに健康で」「優秀な」「成人の」「男性」が生きやすい社会であって、そこに外れる人たちはみんなやりづらいんじゃないかと。やっと少しずつそういう認識が広まりつつあって、もっと幅を広げてもいいんじゃないかと色んな仕組みが見直されるようになりつつある、只中にあるんだと思うんですね。時代が。
だから、私のこの怒りやわだかまりを、オット個人にぶつけても限界があるな、とごく最近は思うようになって。オット個人の問題じゃなく、オットほどの、理知的で、想像力もある、優しい人にすら、認知の死角を作ってしまうほどの、無自覚で無造作で無尽蔵な、日本の息をするような、空気のような男女差別意識、人権意識の低さにこそ、私は苦しめられてきているんじゃないかと。
いや、無自覚じゃない。誰かがとても意識的に。
無造作じゃない、誰かがとても巧妙に。
無尽蔵なのは間違いなく。
作り上げているんじゃないかなと。この差別の鳥籠を。
ちなみにフェミニズム、という言葉にはすっかり悪いイメージがついていますけども、本来フェミニズムという言葉には、「性別を理由とした不当な差別に反対する」という至極当たり前な意味しかないのですって。私も以前はキーキー怒ってるヒステリックな女性、というイメージしか持っていなかったからフェミニストに見られるのは嫌だなとかフェミニズムに傾倒していると思われたら損だなとか思っていた。
誰に思われるの?
なんで損なの?
ね。
そもそも、蔑ろにされたら怒って当然。怒って何が悪い。
蔑ろにされたら怒って当然。怒って何が悪い!(2回言った)(だって私たち、蔑ろにされても怒るな怒るな我慢しろ、と教え込まれるじゃないですか…「蔑ろにされたら怒って当然」ともっと教わっていたら芦原先生だってあんなことにならずに済んだのではないのか)
そんなことを!あれこれと考えてしまいました。
いや今年からはこういうの控えようと思っていたのです。私の個人的な恨みつらみをオット本人に向けずに露悪的に書き綴るのはひどいことなんじゃないかと。オットに見られたらまた怒られるだろうなと。
でも私、けっこう言ってきたんですよね直接。言っても言っても聞いてもらえなかった。私の受け取り方が悪いとか、言い方が悪いと言われ続けて、いつでも改めるべきは私の側だった。そうなのかな…と思いながら過ごしてきて20年。
さっきオット個人にぶつけても限界がある、もっと社会全体の長年の問題なんじゃないか、とも書いたんですけども。でも結局はその社会を形成しているのは個人ひとりひとりなわけで。せめてオットくらい、私の味方でいてくれてもいいんじゃないかなという寂しさもどうしようもなくあるんですよね。こんなことを言っても否定されるんじゃないかとか、また怒らせるんじゃないか、首を捻られるんじゃないか、まともに聞いてもらえないんじゃないかと、言葉を飲み込みながら一緒に生活するのはつらい。
前に母の介護の時にもちらっと書いたのですが、実子かそうじゃないかで分けて考えたことなんてない、思ったことは何でも言えばいいとオットが言うので(男女で分けて考えたことなんてない、と構造が酷似している)すごくモヤモヤして、後日似た話になった時に(その場ですぐにはいつも言い返せないので大抵こういうタイムラグが生じがち)、それは、本来実子がやるべきことでも関係なく、感謝する必要もなく、いくらでもタダ働きさせるつもりだということか、と言ったら「そんなわけないだろう、そんなふうに思われていることの方がショックだ」と言い返されてしまったんですが、いや違うだろと。「そんなふうに思わせてごめん」てなんで言えないんだよ。なんでこっちの感じ方をまず否定すんの。
そういうとこやぞと。言いたい。
さっきその場ですぐに言い返せないからタイムラグが生じがちと書きましたが、そしてそれを世間では「済んだ話を蒸し返す女あるある」とか言われがち。そこにも言いたい。だってお前らが聞いてないからやろがい!!済んでないから。蒸し返すどころかずうっと未処理案件として頭の上の方に置きっぱなしなの。付箋はがせないの。目障りなのよ。早くマル済マークつけて格納したいの。返事をね!明確な!回答を!いただけておりませんので!大事な話を無視して勝手に日常に戻っちゃってんのはそっちだろですよ!片付かないんだわ!!
って言いたい。ミミック。わしがミミックやった。何の気無しに宝箱開けたらミミック。ミミックに話題が戻ったところでおしまいにしますか…たぶんこれ書いても書いても終わらないやつだから…ループしてるから…まさに迷宮ダンジョン…。
(2024年2月28日)
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はい、2026年現在です。うーん。一生懸命茶化して軽めに書こうとしているけれど、本当にずうっと辛かったな。うっすらと辛かった。直視するのが辛すぎるから薄目にすることで無意識に感覚を鈍らせていた。「オットほどの理知的で、想像力もある、優しい人にすら」なんて泣けますね。16年も不倫していた事実を鑑みるに、性欲、支配欲にタガがなく、想像力は都合良く、優しさも巧妙な擬態でしかなかったわけで。ぞっとしない。個人を責めてもどうしようもない、というのも確かにある意味では正しいと言える。個人が16年もの不倫がバレてなお家族のことが一番だったとかもう別れたから安心していいとかそんな言葉で言い逃れられると本気で思い込めるような、イージーモードの土壌が国ぐるみで作られている、さらにはそれをろくに罰しない欠陥制度のまま放置され続けているとは、当事者にならないとわからなかった。本当にイージーモードじゃないか。
つくづく、私一人の力ではどうしようもなかったな、と思う。ようやく気づいていびつな箱から這い出してみたらもう一回り巨大でいびつな壁に囲まれている光景の衝撃。絶望するには十分な。
それでも。
「死因の見えないこの国で、絶望している暇はない」とは、野木亜紀子先生脚本『アンナチュラル』のキャッチコピーですが、そうですね、だからこそ、この国で絶望している暇はないな。
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あ、この記事が2024年1月22日か。これはアップできたけれど、ピーターパンの話を夫に封じ込められたことはアップできなかったのだなあ。こうなった今やっと公開することができたのか。感慨深いな。そしてこうした気持ちの揺らぎや変遷が日付などのデータから窺い知れるのが、なんというか、楽しい。
という私の癖(へき)を存分に解放して暴れ回らせたのが16年不倫年表作成でした。それも激白の二日後から着手。ラスマイエレナの如き初動の速さ。


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