分娩で命を落としかけた私に、オット母の心から尊敬する振る舞い [まじめに][分娩記録5]


赤毛のアン[モンゴメリ 松本侑子]

出産で命を落としかけた話の派生エピソード、オット母の話です。緊急手術などの緊迫した状況を詳細に書いているので、苦手な方は無理せず避けてくださいませ。

産科の看護師は全員助産師の資格も持っている、という総合病院での出産でした。なんでこれを何度も書くかっていうと、出産ってやっぱり何があるか分からないので、できるだけ設備の整った病院で産むことをお勧めしたいからです。その辺についてもそのうちしっかりまとめて書いておきたい。

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これまでのお話。

スプートニクとライカ犬と私の排出された卵子 [まじめに][分娩記録1]

スプートニクと卵子の話、子供が乳幼児期の自分の追い詰められっぷりとオットへの不満と分析 [分娩記録1のつづき]

医療従事者の皆さんに心の底からエール、ベテラン看護師Mさん [まじめに][分娩記録2]

ヘルプ産科医、高橋克実(仮名)[分娩記録3]

医療従事者にエールその2、主治医のT先生 [まじめに][分娩記録4]

2014年の出産直後に書いたメモを基に、2017年に書き起こしてShortNote(日記系ほっこりSNS)に投稿した文章を、2023年現在ブログ向けに整えたものです。

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2017年3月16日

分娩で命を落としかけた私に、オット母の心から尊敬する振る舞い

分娩から4日後、癒着胎盤による大出血が再び始まり緊急手術になる、と病院から連絡を受け、オットより一足先に手術室前に着いたというオット母から後で聞いたところ、

「看護師さんたちが手術室からたびたび出てきては廊下にある棚からガーゼや何かを取っていくんだけど、最初はいちいちかけていた鍵を次はかけずに戻って、次には落ちたものを拾いもせずに戻っていったの」

と現場の慌てぶりがどんどん増していく様子から、事態が逼迫していることを感じたそうだ。

大出血開始が14時で、手術開始が15時半頃。結局克実(仮名)より私の方を信じてくれて駆けつけたオットだが、着く前に主治医のT先生から改めて電話があり、まもなく手術が始まるので到着する頃には会えないだろう、手術が終わるまで待ってもらうことになる、と告げられたそうだ。

オットによると、手術自体は小一時間もせずに終わったが、その後の処置に時間がかかると言われ、結局顔を見ることができたのは私がICUに移された夜21時頃だったそうだ。数年前から体調を崩しがちで、歩くことや物を持つなどの日常動作がおぼつかなくなってしまっている母を、ストレスフルな状況で6時間も待たせてしまったことになる。申し訳なかった…。

2人がICUに来てくれた時のことは、私も意識が戻って覚えている。
看護師さんに「旦那様とお母様がきてくれましたよ」と言われ、お母さんは大丈夫だろうか、心配かけて申し訳なかったな、お父さんが亡くなった時のことを思い出させてしまっただろうかと気になったが(旅先での事故で、緊急手術、ICUなど流れが似ている)、視界に入ってきたオットが「おつかれさま」と言ってくれて、並んだお母さんも「あひるさん」と笑顔で手を振ってくれたので、ああ良かったお母さん笑ってる、とほっとしたものだった。

しかし数日後(術後2日ほど痛み止めでほぼ眠って過ごした)オットから聞くと、その時の私はかなり悲惨な状態だったのだそうだ。

お父さんの時と同じように気道確保のための管が口に突っ込まれてテープで乱雑に留められ、唇はひん曲がって(親父の時もそうだったけど、ああいう場って救命最優先だから、言葉は悪いけどモノ扱いのようになってしまうんだなと思った、とオット)、よだれと涙で顔はべしょべしょだし輸血と点滴でぱんぱんにむくんでいるし、肌の色も土気色で、表情も、親父の時もそうだったけれど、何とも言えない力の抜けた、精気のない、ちょっと普通ではない顔つきになっていた、と。

そんな状態の私を見て、笑顔を出せるお母さんは本当にすごい、と改めて思った。

私だったら近しい人のそんな姿を見たら涙が吹き出て取り乱してしまう(お父さんの時がそうだった)。見習わなければならないと思う。ないに越したことはないが、もしも今後同じような場面に立ち会うことになった時に。本当にすごいと思う。

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と、ここまでは産後わりとすぐに書き留めておいた文章で、今(2017年)読み返していてふと思った。この私のICUから2年後、2016年の年明け早々に、オットも致死率のとても高い大病を突然発症し、一ヶ月入院したのだ。うち2週間はICUで厳戒態勢だった。

担当医師も驚くほど奇跡的な確率で、なんの後遺症もなく元の仕事や生活に復帰できている現在だが、あの時私が、常に意識のあったオットに見せていた表情はどんなだったかな。オットの不安や苦痛を、少しでも和らげることができていただろうか。

そのオットの入院中、母はもちろんのこと、オット弟も妹も何度となく来てくれて力を貸してくれた。
妹ちゃんと近所のカフェで、子供たち(うちの子は2歳前、妹の子は1歳になったばかりだった)がベビーカーでお昼寝している間にあれこれ話していて、私の入院手術の話になり、「この時のお母さんが笑顔を見せてくれたのは本当にすごかった」と泣かないように気をつけながら話したら、妹ちゃんがいつもの天真爛漫な笑顔で、

「1週間くらい眠れなかったって言ってました」

私がしっかり回復するまでいつ呼び出されるかと不安でお風呂にも入れず、即座に出かけられるように服のまま布団に入ったりしていたのだそうだ。
ますます泣きそうだった。本当に頭が上がらない。
入院中仲良くしてくれたベテラン看護師Mさんが「旦那さんもお母さまも冷静で上品で素晴らしい!」と絶賛してくれたが、ええもう本当にその通りなんです。

(2017年3月16日)
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はい、ここから2023年現在です。
この、手術直後の私がだいぶ酷い状態だったとオットから聞いた時、えっそんなの見せたらお母さん、お父さんのこと思い出して辛かったのでは!?長時間待つのも負担だったろうし、先に帰らせてあげたら良かったのに!とつい抗議したのですが、「先に帰ったらって言っても聞かなかったし、心配で離れられなかったんだよ、自分の子供と同じように思ってるんだと思うよ」って言われました。いい話…。

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