私の中に母がいる(元家族の暗い話と救いの話1)[まじめに][機能不全家族]



(※機能不全家庭での、母親との確執の話なので苦手な方はご遠慮ください)

ええと、ことのきっかけは大豆田とわ子です。『大豆田とわ子と三人の元夫』、あれがとっても面白かった。松たか子さん素敵!説得力!3人の元夫から離婚後もなお言い寄られたり、それをかわしつつ和気藹々と仲良くしちゃってるファンタジーな状況に説得力が出るのなんて松たか子くらいしか思いつかない。すてき。

毎回好きで楽しみに見てきたのですが、最終回で予想外の方向にやられまして。

ちょっとネタバレですし、この後長い長い暗い真面目な話が始まるので、シンシンだったら「ねえこの話いる?」って言うやつ。が、始まるのでこの辺で記事を畳んでおきますが、先日の『生きるとか死ぬとか父親とか』で思い出した一連の父の話のような感じで、これはもう母の話も書いてしまおうと。ていうか以前書いたものがあるからここにも載せてしまおうと。日記的サイトにですね、ほそぼそ載せていた記事があるのです。ここメインのブログにはちょっと書きづらかった、元家族の暗い話、機能不全家庭でいろいろ辛かった話を、労りと友愛に満ちた空気感の日記サイトに書いていた時期がありまして。

ここ最近の色々な心境の変化で、もともとのブログにもこれそろそろ書いてもいいんじゃないか?と思うようになってきていて。
ここあひるブログを読みにきてくださっている皆さんにとって、読みにきてくださっている皆さんの中にはそういうのあんまり求めてない、笑える小ネタを求めて読みにきているのに深刻な話をされても困る、書き手の深刻なバックグラウンドとか聞かされると笑える小ネタも笑えなくなってしまう、と思われると申し訳ないしちょっと悲しいなとも思うので、これまで躊躇してきたのですが、うん、やっぱり何か文章を書くのなら、文章の形でどこかに残すなら、優しい世界の日記サイトもいいんだけどそこだと運営側のポリシーとかその変更とか発表した文章の著作権はどこに属するのかとか色んな問題が生じる可能性も出てくるし(あ、ちなみにnoteではありませんけどnoteの度重なる炎上を見てうーんこっちの日記サイトもいつそうならないとも限らないよなと思ったのも一部関係ある)、せっかく自分でドメイン取って自分の家を建てたのだから、こっちに一本化したいな、と。

前書きが長い。これ必要?必要だよ!シンシンは黙ってろ可愛いななんだそのめんどくさ可愛いという新ジャンル!岡田将生め〜。いい。(ラピュタかよ

そんなわけで、数年前に日記サイトに載せていた元家族の話の何編かを、あひる向けにちょこっと書き直しつつ、このあと載せます。3編あります。1編めをこれから。
ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』最終回のネタバレも少し含みますので、ご注意ください。

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1『私の中に母がいる』、序文。

まずは大豆田とわ子の最終回の話から。とっても面白かった!全編とっても面白かったのですが、中でも最終回が。
風吹ジュンさんがね、とっても素敵だったじゃないですか。
会いにきた大豆田とわ子に、「あなたのお母さんはあなたを愛してた」と伝えるじゃないですか。横には娘のうたがいて、母の姿や、話に出てくる祖母の姿に優しい眼差しを向けていて。とても美しい、優しい場面だったと思うのです。

あの、「あなたのお母さんはあなたを愛してた」、というセリフ。私も同じようなことを言われたことがありまして。

その話をどうしても、ここに載せたくなったので書きます。元は2018年に、別の日記サイトに投稿した文章です。件のセリフが出てくるのは3編のうちの最後なのでまだ出てこないんですけども。長い話ですが、お付き合いいただけたら嬉しいです。

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1『私の中に母がいる』

お久しぶりです。
今日はどうしてもここに書きたいことがあって、久しぶりに戻ってきました。

書いていない間に色々あって、えーっといろんなことがありまして。
機能不全だった元家族との間にまたトラブルが勃発して、これはもう本当に、ちょっとそろそろ、夫や親しい友人たちに聞いてもらっているだけでは抱えきれないかも、自分で思っているよりもずっと根が深いのかも、と思い、カウンセリングに通うことにしまして。
その辺のことも詳しく書ければいいのですが今日はとりあえず、今日の相談で気づいた重要なポイントについて。

今日、相談員さんと話してるうちに、私本当に、人から責められるのでは、嫌われるのでは、っていう、予期不安?が強いんだな、としみじみ思えて。
カウンセリングのきっかけや当座の目標としては、元家族との軋轢の解消ではなく「子供に苛々して、必要以上に叱ってしまうのをやめたい」というもので。

子供を必要以上に叱ってしまう。
オットや友人たちには、誰にでもある範囲で、決して虐待とか、子供にトラウマを与えてしまうとか、そこまでのおおごとには見えない、と言ってもらえるのだけど、自分としてはとても不安で。本当にその程度の、一般的なレベルなのか。
色々ときっかけが重なったこともあり、通ってみることにしたのですが。

相談員さんから、子供に対して怒りが爆発してしまうのはどんな時か、と聞かれて考えてみると、大抵「幼稚園に遅れる」とか「予定通りにいかない」とかそういう時で。遅れると自分が責められる、親としてちゃんとできてないと思われる、それが不安、我慢ならない、みたいな。
そこまで常に意識しているわけじゃないけれど、掘り下げるとそういうことかもしれない、と思う。

今回は相談員さんから、「もしそれが心配なら、たとえば事前に園の先生に、子供に自分で支度をさせようと思うので少し遅刻が増えるかもしれません、と伝えてみては?そうすれば、教育の一環であると理解してもらえて、親として監督ができていない、と思われたりはしないのでは」と言われて。

そこでなんだか、すごく泣けてしまい。

あの、そんなことわざわざ言わなくても、私を親としてダメだと思ったりなんてしない先生たちなんです。すごく良い人ばっかりで。
それがわかっているのに叱るのをやめられないって私相当だな、と思ったら、ちょっと感情が。
起こりもしないことを警戒して、毎朝叱られているうちの子が不憫で。

それから、少し別の話になるが、つい先日もうひとつ大きな(良い)変化があって。
幼稚園で一番近所のママさんと、前から仲は良かったけれど、実は相手も機能不全家庭で育っていて、お互い母親から酷い扱いを受けてきていたと判明し。子供に対してもそれが出てしまうんじゃないか、あるいはすでに出てしまっているんじゃないかとすごく不安、自信が持てない、と。
まさかこんな身近に、こんな話で解り合えてしまう人がいたなんて、と手を取りあってしまったり。

そのママさんにもちょうど先日話したばかりだったのだけど、私は母から「子供なんて産むもんじゃない」と言われ続けて育ってきていて。単純にそれだけでもだいぶ酷いんですけど。「子供なんて産むと女は自分のやりたいことができなくなる」、と事あるごとに言われ続けてきており。それはもう幼児の頃から20歳を超えるまでずうっと。どうかすると結婚してからも「あんたまさか妊娠でもしてるんじゃないでしょうね!?」とか。どうかしてる。なんなんだほんとに。
だから子供というものに良いイメージがなかなか持てず、すっかり産み遅れて不妊治療を受けて色々大変だったり(でもようやく授かれて本当に良かった)、実の母に妊娠も出産もまったく知らせずにここまで来ていたり、色々あったのだけど。

子供を産みたい、と思えるようになった時点で、私はその母の呪縛から解放されたのだと思っていたのだ。
だけど。

そもそもカウンセリングを受けるきっかけになったのが、長年の友人C美で。
彼女と、子供が幼稚園に行きたくないと言ってる、みたいな話をしている時、「幼稚園の預かりの時間を少し短くして、タローちゃんの話を聞いてあげたら?」とC美に言われて私がええ!?子供と離れていられる時間を短くするとか絶対無理無理!!冗談じゃない!!と強い拒絶反応を示してしまったことがあり。
ちょっとその、子供に対する接し方や考え方、態度に、落差がありすぎないか、と。
子供のことを気遣って、ちゃんと話を聞いてあげようとする態度と、これ以上一緒にいるなんて無理!!っていうのが、別の人のようだと。

それで、「そろそろいっとく?」と勧められたのが最初のきっかけで。軽い。一杯いっとく?的な軽さ。
友人C美はちょうど今年(2018年当時)の春から一念発起し臨床心理士をめざして大学院に通い始めており(すごいですよね!私と同い年だよ!?マジリスペクトいやマジで)、もしもいきなりカウンセリングに行くのが抵抗あるなら、大学の心理学部が一般向けに開いている心理相談室というのもあるよ、と色々教えてもらって、そこに通うことにしたのだ。

そうしたらまあ、「子供を叱りすぎているのではないか」という一般的な子育てあるあるな導入部から、元々の機能不全家庭で受けた被害などなど出てくる出てくる。これは確かに根が深いのかもしれない、と担当になってくれた学生相談員さんも私も感じている矢先だった。

それが、今日の帰り道でふと繋がった。
母から、「子供なんて産むもんじゃない」と言われ続けてきたこと。
ここなんじゃないかと。

「子供がいると自分の好きなことができない」「子供に人生を阻害される」という母の呪いから私はまだ抜け出せずにいて、単なる子供との日常生活に、必要以上にストレスを感じさせられているのではないかと。

今日相談員さんと話していても、平日の昼間など、1人の時間はかなり確保できているのに、夕方お迎えに行ってうちに帰ってくるともう小一時間ももたずにイライラする。
夫に子供を預けて1人で外出したりもおそらく普通のママさんよりよっぽど多いと思う。それなのに、1人の時間がどれだけあってもちっともリフレッシュにならない。

それってもう、トリガーが子供になってしまっているからか。
「子供といる時間」、いや、「子供」が私から自由を奪っている、と思い込んでいるから、一緒にいるだけで瞬時に沸騰する。

そんなの、まんま私じゃないか。
子供の頃の私じゃないか。
いるだけで母を苛立たせて、それが怖くて不安で仕方なくて、あれこれ考えて行動を変えてみてもちっとも改善されなくて。
どんなにルートを変えても最後には怒鳴られて終わるゲームの盤上に無理矢理乗せられているような。

私の中に母がいるのだ。
私ではなく、私の中の母が子供を邪険に思って、粗末に扱っているのだと。
そんなふうに思った。
こういう考え方はあるいは危険かもしれないけれど。こう、人格の乖離というか。
でも友人も指摘してくれたように、子供に真摯に向き合おうと、一人の人間として尊重しようとしている私と、邪魔なもの、私の計画を阻害するものとして子供を押さえつけようとする私と、そう考えると納得がいく。その分裂っぷりが。

とてもよく聞く話だけれど。親からやられて嫌だったことを子供にやってしまう、って。
私もそういうとこあるなあ、とたびたび思ってはきたけれど、今日はちょっとかなりダイレクトにがっちり合致してしまって。イメージが。
やはりこうしてカウンセリングに通って客観視してもらうのは正解だったのだと思う。友人C美に改めてほんとありがとう。幼稚園のママさんとも、最近になって昔のつらい記憶を共有できたことで、今回ふと繋がったのだと思うと有難い。

相談員さんからもたびたび言ってもらえるのが、「お話を伺っていると、とても内省的で、相手の気持ちを想像したり、思いやって行動したりされているように思えます」と。
今日はそこに、「ただ、不安なこと、ストレスに感じたことに関してはすごくよく考察されて、色々と試してみたりされているのに、試した結果どうだったか、うまくいった時どう感じたか、ということに関しては、あまり記憶になかったり、表現がぼんやりしている」とも言われた。「悪いことばかりを強く心に留めてしまう傾向にあるように感じる」と。あるあるある。これこれこうなるのはこういうことかなと思って、自分の行動をこう変えてみました、と報告はするんだけど(ハキハキ)、「すぐに実践されていて素晴らしいですね(ありがとうございます)、自分の行動を変えてみて、何か変化がありましたか?」え…?さあ……(超低い声)まあ…今回は揉めなかったですかね……「揉めずに済んだことに対して、どう思いましたか…?」いや……?(虚空に漂う目線)どう…でしょうか……(しどろもどろ)。あるある。確かにそういうところがある。

親からあまり大切に扱われなかったから、どうすればこのストレスな状況から逃れられるかばかりを考えて先回りしてしまう。結果的に何をしても怒鳴られて終わるので、行動を変えても良くなったような実感が持てない。うまくできて当たり前なので(と感じる)、できなかった時のことばかり覚えている。
自分の行動、入力を変えることには慣れている(試行錯誤の日々でした、親の癇癪に対して)。
相手の不機嫌には敏感、それが自分のストレスになるから(子供にとっては死活問題)。
それを自分がなんとかしなきゃと、自分の担当である、求められている、強要されていると思い込んで、あれこれと行動を変えてあくせくしてみる、ここまでは自分の中で定型パターン化されている。
でもそれによって相手が変わったかどうかとか、そういうことには鈍感。なぜなら良く変わったためしがないから。フィードバックが得られないことや、どうせ無駄に終わるという徒労感にも慣れて摩耗しちゃってたんでしょうね。かなしい。でもストレスに対し、あれこれ自分の側が変えてみるしかない、という行動パターンだけが残っていてあれこれやってみるだけやってみるのがクセになっている。かなしい。カゴの中で水が出ない飲み口を必死になめている小動物のよう。その例えヤメロ!余計かなしいわ!

また、小中学でいじめにあったり、大人になってからもたびたびいじめや嫌がらせの標的になり、その時も、味方してくれる人が必ずいたのに、私を攻撃してくる人たちの方が私の本質を見抜いていて、味方してくれる人は気づいていないだけなのでは、と思ってしまう(実際よくそう言われた)。プラスの評価をなかなか飲み込めず、マイナス評価ばかりを取り入れてしまう。
最近ではさすがに、それは相手のコンプレックスを投影されているだけで、私自身が原因ではないのだろう、と、切り離して考えられるようになってきた。ただ、そういう相手の問題とは別に、たくさんいる人の中から私が標的に選ばれてしまうのは、親との関係などから来ている自尊心の低さ、自信のなさがそういう、攻撃先を探している相手を引き寄せてしまっているのだろう、とも考えてしまう。

だけど、大丈夫なんだ。
私の中にはきっと、異なる、相反する二つの心がある。
母から植えつけられてしまった「子供が邪魔だ」と感じてしまう心。
それと、友人が言ってくれたように、子供を大切に思い、真摯に耳を傾けようとする心。
相談員さんが言ってくれるような、内省的で自制的で、人の気持ちを慮って行動する心。
幼稚園のママさんが言ってくれた(いじめに遭ったりしたのでどこかいつも不安がある、という話の時)「いっつも相手のことを考えて、いろんなことに気づいて気を回してくれて、本当に優しくて。〇〇ちゃんみんなのアイドルなんだよ!みんな〇〇ちゃんのこと大好きなの!」(ありがとう…!この言葉に卒アルで迷った時も何度助けられたか…!)

そういうのも、ちゃんと本当の私なんだ。
勘違いとか騙してるとかじゃない。本来の私は、きっと周囲の人たちが言ってくれる良い面をちゃんと持っているんだ。
そこに母の呪いが覆いかぶさっていて、私を苦しめているんだ。
安野モヨコ『シュガシュガルーン』みたいに、後から埋め込まれた黒いハートに苦しめられているだけで、私の元々の心はきっと大丈夫なんだ。
褒めてくれる言葉を、プラスの評価を、ちゃんと受け取っていいんだ。

なんだか、やっと、すとんとそう思えた気がする。
そして、本当にもうこんなことは終わらせなければならないのだ、とも思う。

まだまだ先は長いけれど。
やっと取っ掛かりが見えた気がした、というだけで、むしろだいぶ深いところまでずるっと繋がっていることが判明して、そう簡単にはいかない、時間がかかることがはっきりした、とも言えるけれど。

ああ、この話を、幼稚園のママさんにも話したい。
産後ヘルパーさんにも話したい。いつも親身に寄り添って話を聞いてくれる、子供が生まれて以来いまだにたまにお世話になっている(長すぎる産後。『姑獲鳥の夏』か)彼女にも話したい。
オットと友人C美には、なんだか今さら親しすぎて気恥ずかしくて話すのはもうちょっと落ち着いて、泣かないで話せるようになってからにしようかな…。

だけど、これまで元家族の話や今の家族の話、私の人生の節目節目に起こった出来事にたくさんのハートと励ましをくれた、この日記サイトで繋がっている人たちには、今日感じた様々なことをそのままに、まだほかほかと柔らかいうちに聞いてほしい、と思って、ここに書くことにしました。
必要な励ましは、もう十分にもらっていた気がする。本当にありがとう。昔の記事はサービス終了騒動の頃にほとんど非公開にしてしまいましたが、全部大切に記憶にとどめています。

(2018年11月)
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と、ここまでが1編です。
「褒めてくれる言葉を、プラスの評価を、ちゃんと受け取っていいんだ。やっと、すとんとそう思えた気がする。」と美しくまとめておきながら3年後の今もなかなかすとんと受け取れてないし、いやそんな私なんか全然ダメでとか打ち返し気味だし、「必要な励ましは、もう十分にもらっていた」とかエモいところに句点を打ちつつ励まし全然足りてねえとか思ってるし。自分の文章茶化すのヤメテ。そういうとこやぞ。あひるちゃん読みにきてくれてる人たちは笑いを求めてるんだろうってこういうことじゃねえぞ。

いや、でも、3年前はクローズドにひっそりとしか書けなかったことを、自分にとって2004年から!結婚直後から続けている人生の伴走者たるこのブログにですね、そしてその伴走者に伴走してくださっている、読んでくださっている皆さんにお見せしたい、知ってほしい、この人たちに何も知らせないのは、ブログに書いていないこと、なんとなく書きづらいな、と書きそびれている人生の大きな出来事がここ数年これだけ巻き起こりまくっているのになんにも知らせないのはそろそろ失礼なんじゃないか?と思い始めている自分がおりまして。2014年こどもがうまれました記事にあんなにもたくさんのお祝いを寄せてくださった皆さんに。

そんなわけで、書きたいな、と思いつつもきっかけがなくて。
それでここ最近、ドラマの力を借りて、えいっと。
今回もえいっと。
書き始めてみているそぞんであります!噛んだ。所存であります!
題して、題さなくていい!?えっ題さなくていい!?ウソやだやりたい!私も松たか子さんみたいにふいのカメラ目線でタイトル自分で言っちゃうやつやりたい!

題して、「あひるちゃんと人生の荒波」その1終わり!また来週!

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つづき。
2021-06-18 もしも私が幼稚園児だった頃の母が

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関連あひる
時々わーっと書きたくなるまじめ記事。に、皆さん温かい反応を本当にありがとうございます!

2017-12-01 [真面目に] 『コウノドリ』子宮摘出の回と、P&Gの「お母さんありがとう」CMに思う

2018-02-09 [真面目に] 絵本作家のぶみ『あたしおかあさんだから』『ママがおばけになっちゃった』などなどについて思った、”感動”を押し付けることへの違和感

2021-04-21 ドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』2話を見て思い出した、実父の葬儀の話 [家族の重い話][真面目に]
2021-04-30 実父とかドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』とか、引け目とか [家族の重い話][真面目に]

2014-12-25 [お知らせ] こどもがうまれました

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大豆田とわ子と三人の元夫 1
坂元裕二
河出書房新社
2021-06-08


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6 Replies to “私の中に母がいる(元家族の暗い話と救いの話1)[まじめに][機能不全家族]”

  1. 機能不全気味な家だったのもので、とても興味深く読ませていただきました。めっちゃハートつけたの、私です。すみません…。
    来週も楽しみにしてます!それまでに大豆田とわ子、見終わっておきます!

  2. シベリアさん
    うわーんありがとうございます!機能不全気味な家でしたか、シベリアさんがそんな…。おつかれさまでした、なんとも言えない苦労がありますよね、なんというか、なんとも。ここ最近は「機能不全家庭」とか「毒親」「毒家族」なんていう言葉ができて、説明がラクになった部分もありますが、伝わらない時は伝わらないし。
    なのでコメントとても嬉しいです。めっちゃハートも連打しましたか!もー!嬉しい!

    来週待たずにたぶん続きアップします、そして大豆田とわ子はもはやこの記事とほぼ関係ないけど面白いのでぜひ見てくださいましー!結婚とか夫婦とかいうものについてしみじみ考えつつ、ところどころ噴き出しながら見れました。あと、女友達っていいなあ、とも。

  3. あひるさん
    うちは母がおらず、父(存命)はいるものの父方の明治大正生まれの祖父母(鬼籍)がメインに育ててくれたので、なかなか価値観が合わないといいますか、いまでこそ祖父母に思いを馳せることも父に共感することもなんとかできますが、鬱々とした子供時代だったなぁと思い返します。
    続きの記事を拝見しました。またハート連打してすいません笑
    私もパートナーや友達に助けられたところがありますので、最後目頭が熱くなったりして。会社なのに(その前に会社で読むな笑)。
    よい記事をありがとうございました!

  4. シベリアさん
    目頭が熱く…心を寄せてくださってありがとうございます!鬱々とした子供時代…お疲れ様でした…悲しい。でもすごくわかります。「子供の頃に戻りたい」と言える人がちょっと羨ましかったりしますよね。絶対に戻りたくない。
    育てた側の背景や事情なんかも大人になればある程度は考慮することもできるけれど、だからといって子供時代のつらさが取り戻せるわけでも軽くなるわけでもないんですよね。

    パートナーや友達に助けられたところがある、本当にわかります。家族の外の人たちのおかげで今の自分があるなあと。お互い頑張ってきましたよね!私たち頑張ったわ!
    コメント本当にありがとうございました!

  5. あひるさん
    4回目も読みました。
    なんというか、すっと心が癒やされる不思議な感じがしています。もちろんあひるさんと私は環境や当時の状況は違いますし、いまはもう「わたしのせいだ」とは思わなくなりましたが、先のコメントで共感してくださったのも同様に、そっと撫でてくれるような感覚を覚えております。
    あまり書くと長くなってしまうので笑、このへんでとどめておきますが、なんだかお伝えしたくて。

  6. シベリアさん
    うっありがとうございます…!心が癒される、そっと撫でてくれるような、そんなふうに言って頂けて本当に嬉しい…。書いた甲斐がありました…!

    4編目の最後にも書いたのですが、なんだか本当にこう、似たような、同じようなつらさを抱えて、余裕のない大人から理不尽を浴びせられて首を捻りながらもじっと耐えるしかない子供時代を過ごした人が多すぎる気がして。
    シベリアさんもおっしゃる通り細かい環境や状況は違うんですけれど、それでもわかる!!私も!!とガタッと立ち上がりたくなるような話が多すぎて。

    なので、あなただけじゃないし、あれは不当なことなんだ、あなたは悪くないんだ、と声を大にして言いたくなってしまったんです。自分は悪くない、と思うのは難しいけれど、似たような境遇の人が自分を責めているのを見るとそんなわけない!と力強く思えるので。そこに自分を当てはめれば、やっぱり私のせいでもないはずだ、と。回りくどいんですけど。

    だからそんなふうに受け取って頂けたのは何より嬉しいことです。そのために書いて、公開したのです。
    本当にありがとうございます。

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