凍結受精卵を破棄した話 [まじめに][生殖医療]


<胚培養士ミズイロ~不妊治療のスペシャリスト~(3) おかざき真里/amazon>


はい。2024年も早7月、折り返し地点ですね。早。
そんな折、ここ最近細々と(いや太々と!?常に長文の大ボリュームで…長々と…)続けてきた一連の自分史の、いよいよ大トリのエピソードをお届けします。ようやくここまできた…。

2018年に、日記系SNSサイト『ShortNote』に投稿したものを少し手直ししました。
妊娠しにくい体質であることを病院で告げられた時と同じ種類の、それまでの自分の価値観が大きく覆るような、地殻変動が起きたような出来事についての話です。

不妊治療にまつわる重たい話なので、無理せず避けてくださいませ。3500字。

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■凍結受精卵を破棄した話

今日、20年ぶりくらいの友人と会った。
人前に出ることが生業の彼女の仕事を聴きに行き、終わった後で思いがけず会って話をすることもできた。子供を預けているので早く帰らないといけないんだ〜、という彼女と駅までの帰り道を一緒に歩くことにして、何からともなく、会っていなかった間のブランクを思いつくままにぽんぽんと飛び石のように埋めていたら、彼女も不妊治療経験者だとわかった。体外受精2回目で上の子を授かったそうだ。自然妊娠は体質的に難しいし、仕事上1人でもいっぱいいっぱいだからもうこれ以上は、と思っていたら、気づいたら2人目がお腹にいたそうで。あんたいたの!とびっくりだった、と彼女は言った。

そしてお互い不妊治療の苦労話をせかせかと歩きながら。夫の精子を容器に入れてさ、運んだよね〜毎月病院まで!そうそう!温めておかないといけないから私胸元に入れて「ふ〜じこちゃ〜ん」とか言ってたわ!私はふともも!それも色っぽいねえ!とか、毎月の排卵日と病院の都合、仕事の都合が合わない場合も当然あって、そういう時はこのタマゴが、この1ヶ月が無駄になる!って本当に絶望的な気持ちになったよねえ、とかとか。

そんななか彼女が、「凍結受精卵を破棄する時にさ、もう、つらくて」と言った。

「ただの細胞なんだけど、私にはもう、我が子としか思えなくて」

わかる!!!
わかる〜!!私も破棄の手続きする時泣いたわ〜!!

と、まさかこんなところであの時のつらさを分かち合えると思わなくて、話しながら泣いてしまった。

以下、いつか公開したいと思いながら下書きしつつ躊躇していた文章を、今夜の勢いで手直しして載せます。

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不妊治療を始めたばかりの頃、NHKの不妊治療特集を見た。
2011年か2012年頃だったと思う。不妊治療に通っていることを母に話したら、今度こういう番組があるわよ、と教えてくれたので、さっそく録画して見てみたのだが。
高度生殖医療を何度も受け、それでも着床に至らないという女性が、モザイクをかけた表情に、音声を変えた上でもわかる涙声で、

「たとえ細胞でも、我が子じゃないですか…」

と声を詰まらせているのを聞き、私は当時、そこまでは思いつめすぎじゃないのかなあ!と驚いてしまった。
そんなに繊細でいちいち感情的になっていては、不妊治療なんて続けていけないのでは。しんどそうだなあ、私は合理的思考ができていて良かったなあ、などと思ってしまった。

私は、細胞は細胞だと思っていた。だからこの時はクリニックで、採卵しても使用できなかった卵子や受精卵などを実験に使用してよいか、というアンケートに、毎回イエスとチェックを入れていた。自分たちのように子供を望んでいる人たちの役に立つのだ。その方が良いに決まっている。そう思っていた。

だけどその後、採卵と失敗(採卵できない、できても受精しない)を繰り返し、何とかその細胞のひとつがお腹に宿り、無事に出産までこぎつけることができたものの、色々あって2人目は叶わないことが確定し。
(冒頭の友人のように、自然妊娠はまず無理でしょうと言われていたのに授かった、という奇跡も私の場合は起きない

それでもクリニックには、凍結受精卵を2つストックしてあった。
それを、破棄しなければならなかった。

本当は、破棄の手続きをわざわざする必要はないのだ。
私が通っていたクリニックでは2年の期限があり、更新の連絡をせずにそれが切れれば自動的に破棄される、という形式になっていた。事務処理の簡略化のためだろうけれど、わざわざ破棄の連絡をしなければならないことで、患者に心理的負担をかけないように、という配慮もあったのではないかと今は思う。

なので本来ならば改めての連絡は不要だった。
ただ私の場合は、保存の手続きの際、実験に使って良い、とサインしてしまっていた。
それを訂正したくて、連絡することにしたのだ。子供が1歳になるかならないかの頃だった。先延ばしにしていたが、もうすぐ2年が経ってしまう。その前にやらなければならない。

預けている細胞が、実験に使われる、と考えた時。
小さな赤子が、注射を打たれたり、何か痛いことをされて、顔を真っ赤にして身をよじって泣いている様が思い浮かんでしまった。
そして、

酷いことしないでほしいな。

という思いが浮かんで、涙が吹き出してしまった。

馬鹿げている。だけど、涙が止まらなかった。
だって、あの細胞のひとつがお腹で育ってくれて、産まれてきたのが今目の前ですやすやと眠っているこの子なのだ。預けている細胞も、無事に育てば同じようにうちの子になるはずだったのだ。この子のきょうだいに。

もうそれを、ただの細胞とみなすことは私にはできなかった。
もちろん細胞だから、実験に使われたって痛い思いをするわけでもない。人道的に問題があるわけでもない。それによって助かる夫婦がむしろいるはずなのだ。

だけど、どうしてもつらかった。

オットにも訊いてみた。
半分はあなたの細胞であり、あなたにも権利があるのだし、あなたが実験に役立ててほしいと思うのなら、私もその考えに倣って納得することができると思うのだけど、どう?と。
オットは、自分には特に抵抗はないけれど、あなたがそんなふうにいやだと思うのなら無理することはない、破棄でいいんじゃないか、と言ってくれた。

そうして、クリニックに電話をし、破棄の希望と、それから保存の時には実験に使っても良いとチェックをつけたけれど、使わないよう変更してほしい、と伝えた。
電話を切った時、これでうちの子の種は完全にいなくなってしまうんだな、と思ったら、また泣けて泣けてしょうがなかった。

私は、自分のことを合理的な思考のできる人間だと思っていた。
だけど違った。想像力が足りていないだけだったのだ。
それがわかっただけでも、授かりにくい体質で、妊娠に苦労して、良かったと思った。苦労なく妊娠していたらきっと自分の場合は理解できないまま通り過ぎてしまったであろう、とても多くのことを学ぶことができた。自分が把握できていることがすべてではない、知らないこと、気づいていないこと、時が経っていないから、経験が足りていないから思いが至らないだけなのだ、ということが世の中には、人の気持ちにはたくさん、たくさんある、という、あまりにも当たり前のことを体感することかできて、傲慢さを戒めることができたと思う。
同じ決断を、一人も授からずにしないといけない人もいるのだ。

冒頭の友人と駅まで着いてしまい、改札前で立ち止まりながら、つい涙しながら手短に、そんな話をした。
友人は、真剣な顔で何度も頷いてから、うちは水子供養に行ったよ、と言った。

そうしたらね、まだ一歳ちょっとだった上の子を連れて行ったんだけど、水子供養の神社に入ったら、泣くのよ。すごく。
人から話には聞いていたんだけどね、子供を連れて行くと泣くよって。本当にすごく泣いてね。

と話してくれた。
残念ながら電車のリミットでそこまでで話は途切れてしまったが、改札口でお互い精一杯手を振り別れた。
私たち大人には知る由もないことだが、彼女の子はどうして泣いてしまったのだろう。境内に溢れていたかもしれない子供たちの魂は、一体何を思っていたのだろう。

転んだり、予防接種を受けたりした時の、顔を真っ赤に歪めて泣いているうちの子の姿がよぎる。

その子たちが、静かな境内で、次に身体を得るまでの時間を、穏やかに楽しく過ごしてくれていることを、願わずにいられない。
健やかに、次は確固たる存在になって、誰かにしっかりと愛されてね。待っている人がたくさんいるから。ここは良いところだよ。もしも寂しくて泣いているのなら、誰かのお腹に早くおいで。

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勢いでえい。
凍結受精卵を破棄した話でした。

(2018年1月)
(初出:shortnote)
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この後の予定
・もしもうちの子がこれを読むなら

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