[真面目に] ドラマ『隣の家族は青く見える』最終回、あの内容で明るく終わらせる、って本当に素晴らしい

隣の家族は青く見える(上) (扶桑社文庫)
脚本 中谷 まゆみ
扶桑社
2018-02-25


いつも小ネタが多い当ブログですが、読むのがちょっと疲れるかもしれない、家族とか、不妊とか、そういう重めの話題の時にはタイトルに[真面目に]と入れることにしてみました。ちょっと疲れそうだな〜と思ったらスルーしてくださいませ。

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えー、先ほどの元彼メルマガ話はいいとして。
いやあ、本当に良いドラマでした!

今回ドラマの中で号泣だったシーンは、やっぱり高畑淳子さん演じるななちゃんのお義母さんが言った言葉でした。

「嬉しいことや楽しいことは誰とでも共有できるけど、辛いことや悲しいことを共有できる、それが夫婦なんじゃないの?」

お、お義母さーーーん!!!・゜・( ゚´Д`)・゜・
( ゚´Д`)・゜・( ゚´Д`)・゜・
・゚・ヽ( ゚´Д`)ノ・゚・

もう……前も思いましたが高畑淳子さんの、明るいおばちゃんキャラが本当に素敵で!
それから…深キョンちゃんの悲しそうな顔がね!?すんごくかわいそうで!!
あのつぶらな瞳がしょんぼりと揺らいで…悲しすぎる!!
もうそんな顔しないでくれーーーー!!!
と思わずにいられませんでした。

あのね、正直、ひとつ前の回までの展開で、ああこのままきっと、この二人は「子供のいない人生」を歩んでいくって流れなんだろうなあ、と思って、なんだか…う〜ん。悲しかったんです。

ドラマとしては、「色々あって悩んだけど結局子供を授かってああよかったハッピー」だと、きっといけないんだろうな、と。そりゃハッピーだろうさ、というか。
そうじゃなくて、「欲しかったけど、できなかった。だけど幸せに暮らしていますよ」という形にしないと意味ないんだろうな、と。
でも、それってやっぱり、悲しい。
願って願って、願ったことが、それでも叶わないのは悲しい。
それを、フィクションとしての整合性とか、「幸せの多様性」を描くためだからといって、あの夫婦には子供が授からないことにしないといけない、って。悲しい。
なんでもいいから、脚本破綻でもご都合主義でもいいから、欲しいと願っている二人の間に、子供を授けてあげてほしいなあ、と。
最終回までの間、そんなふうに考えてしまいまして。

でも最終回では、ちゃんと、悲壮感は抑えて、明るくまとめていて。
「子供を避けるような生き方はしたくないんだ」とななちゃんが言っていて、その後の二人の生活も、無理している感じではなく、自然に、二人で楽しそうにしていて。
ああ、この二人なら、子供がいてもいなくても、大丈夫だろうなあ、きっともう大丈夫、と思えて、見ていてすごく救われました。

私自身も、子供を授かれないかもしれない、と辛かった時期があって、オットをお父さんにしてあげられないかもしれない、私なんかが結婚相手じゃなければ絶対に良いお父さんになれたはずなのに、と涙したり、そういう時期があっただけに、ななちゃんの辛さが痛いほど判って。
だけど、結局授かってしまったので。
いや、自分個人にとっては本当に本当に有り難いことなんだけれども、でも、この立場から今さら不妊の辛さについて語っても全部過去の話になってしまうというか。授かれない人、子供を望んだけれど叶わなかった人たちの気持ちに、本当の意味で寄り添うことはもうできないのかな、と。負担にしかならないのかもしれない、と。

でも私、おいおい書いていきたいな、と思っているんですが、私にとっては、「子供が欲しい」と望むことができるようになっただけで、十分な到達点に立てた、んですね。そこまでが長かった。
だから、そこから先本当に授かるかどうかは、個人的にはあまり問題じゃなくて。
子供が来てくれたらもちろん嬉しい。この上なく。だけどきっと授からなくても、夫婦二人の人生でもきっと楽しく過ごせるだろう、と、確かに思えたんですよね。
子供を授かるよりもまず先にそう思えるようになって、そのことで本当に救われたので、もしも誰か、同じように、あるいは全然違う方向からでも、辛い思いをしている人がいて、私の経験や、考えたことの変遷をここに書くことで、そういう人を少しでも励ませるなら、とても嬉しいなあと思いまして。誰かの気持ちが少しでも楽になるのなら。

一番は、自分のために書き残しておきたい、という動機かもしれません。子供を産んでからというもの、あまりにもめまぐるしく毎日が、そして価値観が激動しながら過ぎていってしまうので、それまで自分なりに悩んで考えた経緯をすっかり忘れてしまうのも忍びなく、自分でたどるためにも残しておきたいな、と。それがもしも読んでくれた誰かの役に立てるのなら、なんて嬉しい副産物だろう、と。どちらかというとそんな感じかな。

そういう環境や心境の変化が色々とあって、15年続けてきたブログで、最近はこういう真面目で個人的なこともちょくちょく書くようになったんですけども。

誰かに言われたからって楽になれるわけではなくて、とてもとても繊細で、苦しい思いの果てに、自分で掴むしかないものだと思うのですが。
このドラマはきっと、そういう一人一人の人を元気づける、ちょっとした明かりのようなものになったんじゃないかなあ、と。私もそうなれたら嬉しいなあ、と改めて思える、本当に良い作品でした。

幸せの形って、他人じゃなく、自分で決めること。
頭ではわかっていても、実際は難しい。私だってもちろん完全にいつでもハッピーなわけは全然なくて、日々自己嫌悪の連続です…。子供を授かったら授かったで新たな重責と葛藤の幕開けで…セカンドシーズン到来でしたし。そこらへんについてもおいおい書いていけたらな、と思っています。

それと、「幸せって、他人が決めることじゃない」というのは、他人を評価基準にしない、他人任せにせず自分の軸を持つ、という自分の内面のことだけでなく、他人の生き方を尊重する、という意味でもありますよね。それもこのドラマの大きなテーマだったと思います。その両方ができていれば、だいぶ平和に暮らせるんだけどなあ〜。ああだこうだ言われてしまうとついつい揺らいでしまう。それに自分が凹むばかりじゃなく、そんなつもりがなくても相手を否定してしまうような言い方をしてしまったり、傷つけてしまうこともある。
だからできる限り、相手の幸せも、自分の思いも、両方大事にするように心がけたいです。

なんだかまとまりないですが…こういうのも下書きにしておいて時間をあけて推敲してからアップしよう…と置いておくと「推敲も何も、アップする必要なくない…?」としか思えなくなって下書きのまんま埋もれっぱなしの記事があまりに多くて…実際アップするほどのことじゃないのかもしれないんですが、最近は勢いでアップしちゃってるテスト中です。

あっそうそう最後に!
ずっと虚勢を張っていたインスタ映え命の小宮山夫人(真飛聖さん)が、夫の野間口徹さんにたびたび「…イケメン(はぁと)」ってつぶやくようになっちゃってあらん、やーん。でした。デレた!ツンツンしていた妻がとうとうデレた!まるで『めぞん一刻』の響子さんのように!見事なツンデレっぷりでございました。やっぱりオットへの愛情表現は大事だ。私もがんばらねば。ツンツンツンツン、ツンくらいで(デレはどうした)。


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