妊婦健診で実の親と疎遠なことを執拗に心配された話、後日談


<愛すべき娘たち よしながふみ/amazon>


ひとつ前の記事の続きです。同じく2017年のshortnoteより。2200字。

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妊婦健診で実の親と疎遠なことを執拗に心配された話、後日談

1つ前のノートに、たくさんたくさんのハートと励ましを本当にありがとうございます。書いてよかった、と思いました。

そして、あんなにも長文だったのに、しかも何年も前の話なのに、書いた後に続きが発生して自分でも驚きました。今回はそのお話を、読んでくださった皆さんに。

妊婦健診で、実の親と疎遠で産後の手伝いにも呼ばないと話して以来、毎回健診のたびに別々の助産師さんたちから入れ替わり立ち替わり心配され、虐待を心配(警戒?)されているんだ、と気づいて絶望した、というくだりの、この文章。

「ああ私、虐待予備軍扱いされているんだ。
そうだったのか。そうだったんだ。
あの人たちは、私が子供に危害を加えると思っているんだ」

ここに本当はもう一行、こうも書いていました。

「あの人たちは私より赤ちゃんの方が大事なんだ」

この発言、発想をする私の精神状態や良識を、おそらくまともな人なら不安、不快に感じるだろうと思って怖くて書かずにおいたのですが。

記事の草稿を下書き保存しておいたそのすぐ後、たまたま子供(3歳)に、

「タロー(仮名)のあかちゃんのころのしゃしん見るの?」

と言われて(当時常に半疑問しゃべりだったうちの子です)一緒に家族親戚向けのwebアルバムを見返していて、産後一ヶ月健診の写真にたどり着き。

助産師さんたちと一緒に、生後1ヶ月の子供を抱えて撮った記念写真、その写真に対する自分の解説に目が行き。

“一ヶ月健診”
“産科が、自宅近くの福祉センターに口添えしてくれたおかげで、特別に担当保健師さんが丸一日健診に付き添ってくれてとっても助かりました”
“最後に産科病棟にご挨拶。入院中お世話になりっぱなしだった頼もしい助産師さんたちと記念撮影(撮ってくれたのは付き添ってくれた保健師さん)”

そう、産んだ病院が、うちの管轄の福祉センターにわざわざ電話してくれて、特別に大変だった妊産婦さんなのできちんとした保健師さんを担当につけてケアしてください、と伝えてくれたのだ。

残念ながら訪問の保健師さんは当たり外れが大きいのだけど、○○さんの場合はそんなハズレな人に当たってる場合じゃないので、しっかりした人を担当につけてください、と連絡しておきましたよ、安心してね。
退院指導に来てくれた助産師さんが、ニコニコと教えてくれた。

ああ、そうか。
もしかしたらあの計らいは、産後の出血と手術で通常の産婦さんよりだいぶ体力が落ちていたためばかりでなく、妊娠中に実家と疎遠だという私の事情を話してあったからではないか。

身体がしんどくても実の親のサポートが得られない状況を見越してのことだったのではないか。

私のことを、心配してくれていたんだ。

そう思い至り、滝のように涙が溢れた。

身体のことだけでなく、精神的にもしんどくなると思われたのかもしれない。保健師さんにも私の分娩の大変さだけでなく、生育環境まで含めて申し送りがされていたのかもしれない。

だけど今の私はもう、「あの人たちは私より赤ちゃんの方が心配なんだ」とは感じなかった。
目の前に幼い息子の頭がある。生まれたての自分の写真を飽かず眺めている後頭部。

産んだ子供に優しくできない時、深刻なレベルで危害を加えてしまう時、それを未然に防ぐことは、子供の生命を守るだけではなく、母親を守ることにもなるのだ。子供を産んで「母親」となった、いびつで未熟な一人の女性を。

彼女の話を聞き、不安や不満を少しでも軽減し、ガス抜きし続けることで、子供と向き合い、自分と向き合い、冷静な思考ができるように。
そうして子供と彼女が温かな「親子」の関係を少しずつ育んでいけるように。

私のように、実の母親に妊娠も出産も知らせないような、哀しい親子関係にまでこじれてしまわないように。

彼らは、当然のことながら、子供だけでなく、私のことも考えてくれていたのだ。

そんな簡単なことに気付くまでに、3年もかかってしまった。
ここに公開しようと思って下書きしていた直後に、たまたま子供と1ヶ月健診の写真を見たから、2つが明確にリンクしたのだ。もしかしてもっと間が空いていたら、気付いたのはさらに先だったかもしれない。気づかないままだったかもしれない。

写真の中ではまだ何も気づいていないあの日の私が、生まれたての子供を抱いて、頼もしい助産師さんたちに囲まれて笑っている。
この感謝と感慨を、どこにどうやって伝えたら良いのだろう。

(2017年6月15日)
(初出:shortnote)

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はい、2024年の世界線へ戻ってまいりました。あー良かったあひるちゃん感動系オチに戻ってきた(自分で言う)。やっぱり元家族系の重苦しい話よりこっちの方がいいな。ただ、元家族との重苦しいベースがあるからこそ、明るく開けた場所に出た時より心震えるんですよね。

今ね!『アンメット』観まして!(急)
9話、10話までほぼ一気見!!
あああああ!!!!
自分の中に光があれば…という杉咲花ちゃんのセリフが、ちょっと、上に書いたことと似てるな、とふと思いました。逆だけど。
この辺のことも、後日談としてどこかに書けたらいいかもしれない。

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この後の予定。

(短め)■産後一ヶ月健診に、福祉センターの保健師さんが付き添ってくれた話

(短め)■虐待連鎖はわずか3割、優しい通りすがりさんの続き

(長編)■凍結受精卵を破棄した話

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“妊婦健診で実の親と疎遠なことを執拗に心配された話、後日談” への2件の返信

  1. あひるさんが「私より子供の方が大事なんだ」と思ったまま、つらい思いを抱いたままにならなくて、本当によかった。
    ただでさえ不安な妊娠中、ホルモンバランスも崩れて精神状態もぐらつきがちな時に、あまりに根掘り葉掘り(しかも何度も)聞かれ、いろいろ思い出さざるを得ない事に疲れきっていた、傷ついていたんだもの、「私より…」となっても仕方ないですよ。
    でも、だからこそ、自分を守ろうとしていてくれた事に気付いた時、涙が溢れたんですね。
    めっちゃ嬉しくなりました。
    あひるさんは自分に向けられた優しさに、ちゃんと気付いて感謝して、大事に抱いていける。
    それはとても素敵な事ですね。

  2. k.satさん
    うわーん、ありがとうございます!
    そうですね、時間が必要でしたけど、気づけて良かったな、と思えて良かった。
    めっちゃ嬉しくなりました、の言葉が本当に、こちらこそ嬉しくて…いつもほんとにありがとうございます。

    自分に向けられた優しさに、ちゃんと気付いて感謝して、大事に抱いていける。そうなんですよね、自分でも不思議に思ってきたことなのですが、あの環境で育ってどうして、こういうものを大事にできて、手離さずにい続けられたのかな、と。まだ明確な回答は自分の中でも出ていないのですが、諦めたくないんだと思うんですよね。

    こうしてブログに書いて、こんなふうに温かい反応を頂けることで、少しずつクリアになったり、あるいは遠くまろやかになっていくものが確実にあると感じるので、本当に有難いことです。

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