「母の愛」という箱(元家族の暗い話と救いの話4)[まじめに][機能不全家族]

愛すべき娘たち (ジェッツコミックス)
よしながふみ
白泉社
2015-09-01



母親との確執、機能不全家庭、毒親の話ですので、苦手な方はご注意ください。

一連の、突然の暗い生い立ち語りにお付き合いいただき、本当にありがとうございます。ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』をきっかけに、「母は私を憎んでいない」という気づきの話をここに書こうと思い立って始めたのですが、そういえば3編目を書いた2019年のさらに一年後に、もう一段階気づきがやってきたのでした。それも一緒に載せておきます。

この4編目でひとまず、実母にまつわる重い語りはひと段落です。改めて、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました!ほんとに突然すみません!いつもと違いすぎる!いつもと違いすぎてほんとにすみません!

親との、あるいはきょうだいとの、家族の関係って人それぞれ千差万別で、こうと簡単に論じたり断じたりは決してできないものですよね。家族だからこそ、ままならない。これを読んでくれる皆さんも、きっとそれぞれに色々な経緯や思いを抱えているのではないかと拝察します。本当にお疲れ様です。あなたはがんばってる。間違いなく、すごくがんばっていると思います。

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4 「母の愛」という箱、序文

1はこちら(2018年の出来事)
2021-06-16 私の中に母がいる

2がこちら(2019年の出来事)
2021-06-17 もしも私が幼稚園児だった頃の母が

3がこちら(2019年の出来事、続き)
2021-06-20 母は私を憎んでいない

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4 「母の愛」という箱

(2020年11月)

noteで見かけたこちら、なちゅさんの記事。
どんどんどんどん引き込まれて、しまいには涙がぼたぼたこぼれた。

『さよなら、母の愛』|なちゅ。|note

わかる。わかりすぎる。
私が前に書いた内容と一見真逆だけれど、私たちはきっと同じ箱を開けたのだと思う。

なちゅさんは、母親が自分に言った『愛している』という言葉は、言葉通りのものではなかったということに思い至った。

母はそれを間違いなく愛だったというだろう。
でも私はもう、それを愛だったとはいわない。

わかる。本当にものすごくわかる。
私も母から「あなたのためを思って」と散々言われてきた。虐待のニュースを見るたびに「信じられないわ自分の子供にこんな酷いことをするなんて」と母はさも意外そうに、憎々しげに言い放っていたが、娘である私をずっと傷つけ続けていることにこの人はまったく気づいていないんだなあと静かに思っていた。言えばなちゅさんの母親のように逆ギレして怒鳴り散らしてあんたは親を信じられないのかと泣き叫ばれるのがわかっていたから、たとえばわざわざ劇的に、「お母さんは私を愛してなんかいないんでしょう!?」なんて子供らしく感情をぶつけようと思ったことがない。感情をぶつけられるのはいつも私の側だった。そんなふうに言えるほど私は親に期待していなかった。キレられるだけだから黙っておこう、といつも思っていた。

だから、愛されていたと思ったことがなかった。
それこそなちゅさんの書いていたように、愛されているという実感を持ったことがなかった。
だから私は、前の記事に書いたように、「母は私を憎んでいない」という可能性に思い至った時、激しく心をかき乱されたのだ。

「母は私を憎んでいない」という箱。

その蓋に手をかけて中を覗き込む前から、私はそこに入っているものを知っていた。古い写真のように散らばっているそれは、怒鳴り散らす母や、私が楽しそうにしていると決まって水をさすように理屈をつけながら中断させる母、馬鹿にし、嘲り、罵り、私が泣くたびに「泣けばいいと思ってるんでしょう!わかってんだからね?あんたの涙はみーんな嘘!!」と勝ち誇る母。母の足元に力なくしゃがみ込み、泣きじゃくる私。

そう、「母が私を憎んでいない」ということに思い至る思考の途中には、まず、「自分は母に憎まれていると思っていた」という箱があったのだ。

愕然とした。
私は確かにその箱の存在を知っていた。それは常に視界の隅にあった。
見ないように見ないようにしていたその箱のラベル。

だけどそこには、意外な文字が書かれていたのだ。
「母は私を憎んでいない」と。
私は長年そこに、「母は私を憎んでいる」と書かれていると思っていたのだ。
前の記事は、そのことに気づいた時の心の動きを書き留めたものだった。

母は、私が幸せになるのが嫌なんだ、と私は思っていた。
私が心のままに、すくすくとストレスなく育っていくことを憎んでいるのだと思っていた。
母の言う通りにしない私は認められないのだと思っていた。
もちろん母は否定するだろうけれど。あなたのためを思ってのことだったのよ、当然でしょう、と逆に自分が傷ついたような顔をするだろうけれど。だけど私にとっての事実と現実はそうだった。母は私が幸せになることを望んでいない。そうとしか思えなかった。

だが、私に馴染みのある母のあの数々の、私へ向けてきた敵意や悪意はーーそう、母親から向けられた一番大きく頻繁な感情が「敵意」や「悪意」だと、娘の私が感じてきただなんて本当に悲しいことだーーあの敵意や悪意は、私に向けられたものではなかったのだろう、と今は思う。
私もなちゅさんと同じように、それを言葉通り、額面通りに受け止めてしまった。お母さんは私が嫌いなんだな、と。
でもきっとそうじゃなかったんだろう。

母は私をきっと大事にしようとしていた。だけどやりかたがわからなかった。
可愛がろうとしていた。だけど余裕がなかった。夫に暴力を振るわれたり、生活に困窮していたことも母から余裕を奪う要因となっただろう。もちろんだからといって子供を蹂躙する言い訳にはならないが。
愛そうとしていた。愛せているつもりだった。だけど私には伝わっていなかった。もちろんだ。そりゃそうだ。物心ついた頃から私にとって母はすでに「怖い人」だった。3歳やそこらの幼児が、腫れ物に触るように母親に接していたなんて、本当に悲しいことだ。子供を得たことで私はそれを身をもって知ることができた。子供ってこんなにもお母さんが好きなものなのか。世界中の人が知っている真理だけれど、私にとっては衝撃的な事実だった。知らなかった、子供というものがこんなにも母親を求める生き物だなんて。私には母を求めたり頼ったりした記憶がないから。

母はおそらく、自分が怒鳴り散らしていることを次の瞬間には忘れていたのだろう。なぜならそれは、子供がわがままを言ったせいだからだ。だから叱った。親として当然のことだ。
子供が勉強をしないから、服を散らかしているから、異性と隠れて付き合ったり、親に嘘をついたりしているから、だから叱った。当然のことだ。愛しているから。

だけど私も、それを愛だとは認めなくていいんだと思っている。
あれは愛の成れの果て。愛を目指したいびつな何か。
自分の思い通りに動かない娘が憎らしくて懲らしめたかっただけで、ただしそれはうちの母やなちゅさんの母親、そのほか多くの毒親と呼ばれる人たちに限ったことではなく、誰にでもあるごく当たり前の感情なんじゃないかと思う。それを自覚しているかどうかの違い。それから叱り方や感情の放出が病的なレベルかどうかの違いにすぎないんじゃないかと。みんながみんな子供に対してまるっきり負の感情を抱かず、いかなる時も慈愛に満ちた聖母でいられるはずがない。子供を産めばみんな聖母になるはずだ、女性には母性本能というものがあるのだ、そうでなければならない、と女性たちの育児環境をストレスフルなままで長年放置しておいて個人を責める社会は間違っている。ここ数年は、そういうことをしっかりと主張する人が多く出てきて頼もしい。よくぞ言ってくれた。

誰にでも芽がある。誰にでもじゃないな、自分にも。自分には。そういう芽があるのだと、覚悟すること。受け入れておくこと。そこが母についぞできず、私にはできている点だと思う。思うようにしている。ついイライラして子供に声を荒げてしまったりは、完全になくすことはできていないけれど、大丈夫、たぶんこれは普通のレベル。世界中で「お母さん」というものはいつも怒っていることになっているじゃないか。子供の魂まで蹂躙するような、おろしがねで少しずつ心をすりおろすような、私がやられたような行為ではないのだ。

大丈夫、私はただ、この子がいとけなく手を伸ばし、てらいなく庇護を求めながら同時に同じかそれ以上の愛情を与えてくれる、それに足る人物であろうとするだけでいいのだ。この期待と信頼を裏切ることのないように。それを忘れなければ大丈夫。

そう思っておかないと不安でたまらなくなる。
時折、安心できる環境で育った人を羨ましく感じることもある。その人たちの箱にはあたたかいものが入っているのだろうか。心細い夜にそっと開けて中身を一つ一つ取り出していると、心が鎮まってゆくような。私にもそういう箱はあるが、中身は全部他人がくれたものばかりだ。母にたびたび覗き込まれ、かき回され、一つ一つを鼻で笑われながら放り投げられたそれらを母が寝入った後にこっそりと拾い集め、見つからないよう包んで隠した。実家を離れる時に大事に持ち出した箱。

私は自分が守り通したこちらの箱に、愛というラベルをつけたりはしなかった。そんなことをしたら母に見咎められ、壊されてしまうから。

だから、ただの箱だ。

(2020年11月)
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以上です。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
上の記事を書いた2020年と、2021年の今とでは、自分の考え方はまた変わってきているように思います。

ここ10年ほどでしょうか、「毒親」という言葉がすっかり世間に浸透し、心理カウンセラーなどの専門家や、知識人、それから私のような一般人まで、様々な人が「親を愛せなくてよい、許せなくてもよい」と声を上げるようになりました。それはとても頼もしく、ほっとする助言でした。だけど、そんなわかりやすい言葉でラベルを付け、個人の問題と片付けてしまっていいのだろうか。母は確かに私を傷つけた。このわだかまりを消すことはできない。けれどあれは母だけのせいだったのか。あまりにも、似たような事例が多すぎる。これは世代の、時代の、社会の病だったのではないのか。最近はそんなふうに思うようになりつつあります。

許せなくても良いのです、あなたのせいではないのです、と言われれば、慰められはする。親不孝だと無自覚に罵られるよりも百万倍ましなのは言うまでもない。だけど、親を許せない、愛せない自分と向き合い続ける苦しさは何も変わらない。ただ諦めがつく、というだけだ。ああそうか、やっぱりあの人たちのせいだったんだ、自分ではどうしようもないことだったんだ、と。それでも腰にずっしりとしがみつく重荷は減らない。
自分のせいでなかったのなら、なぜこんなにも苦しい子供時代だったのか。なぜ大人になってもこんなにずっと苦しまなければならないのか。

なぜあの時、誰も何もしてくれなかったのか。私に、母に、手を差し伸べる人が、仕組みが、なぜ機能していなかったのか。
最近はそんなふうに、ちょっと怒りが沸いています。
あなたのせいではない、そんなのは当たり前のことだ。私は、私たちは無力な子供だった。どうすることもできなかった。当然じゃないか。そんな子供が今まで育ててもらった感謝の心が足りないと責められ、母親たちだけが母性の下に家庭に押し込められていた状況が間違っていたのだ。

そして、こんなことを、もう次の世代に繰り返したくはない、と強く思います。そのために何ができるのか、子を持つ親というだけでなく、社会を形成する大人の一人として、何ができるのかを考えている。その一環が、今回の一連の、個人的な、自分と親とにまつわる長い長い語りだったのかもしれません。
お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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関連あひる

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イグアナの娘 (小学館文庫)
萩尾望都
小学館
2014-08-25


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2 Replies to “「母の愛」という箱(元家族の暗い話と救いの話4)[まじめに][機能不全家族]”

  1. あひるさんへ
    最近、20代~30代の友人知人とSNSや実際の会話を聞くと、彼らの多くが「昭和に戻りたい」といいます。人との濃厚なつながりがあり、そこへ行けば自分の悩みは解決するのではないかと。昭和歌謡の世界もすき。あんな時代に生まれてみたいと。
    しかし、実際の昭和は男も女も「こうあるべき」に悩まされた時代だったと思います。

    あひるさんが言うように「次の世代に繰り返したくはない」という気持ちは私も一緒です。そのために若い人たちに昭和の負の部分を伝える役割はしていこうと思っています。

    先日もSNSで昭和に生きたいという女子に「悪いところもあるんだよ」と書いたら「今よりはマシだし、私は文献や寅さんを見て勉強している!」と返され、いや、寅さんはどっちかというと昭和のファンタジーだから…。と思ったけどそこまで言うならもういいかなと。どのみち過去には帰れないのだから、これからどうすべきか考えていかないとですね。

  2. 日月さん
    えええ!昭和回帰願望!初めて聞きました!しかも昭和を知らない若い世代が…へえええ。

    まさしく「昭和」という名のファンタジーに憧れを抱いているのだろうか。それというのも、平成も令和も生きづらく、息苦しいからなんだろうなあ…。昭和も個人的にはしんどかったけれど、景気や産業なんかは上向きでしたもんね。今は何もかもが下降気味で、若者も奨学金という名の借金を背負って、さらにもう2年もコロナだもんなあ…。

    そんなふうに頑なに現実逃避してしまいたくなるほど現代が酷い、というのは、大人として責任を感じてしまいます。成人してから20年あまり、自分のことで手一杯で社会のことや政治のことなどこれまではろくに考えてこなかったので…。これからどうすべきか考えていかないと、本当にその通りですね。

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