東日本大震災から15年、主婦たちの買い占めを非難する声に思う

性暴力根絶ともう一つ、毎年書こうかな、でもどうしようかな、と逡巡してやめてきた、自分の体験談と、思うことを書きます。震災に直接関係する部分は少なく、ほぼ自分の話です。(3500字)

311のさなか、東京都心部で暮らしていた皆さんも覚えておられるかと思いますが、しばらくの間コンビニやスーパーでの商品が激減していましたよね。

その中でも意外だったのが、牛乳などの紙パック製品!
記憶にある限りなので不正確かもしれませんが、確か、紙パックを作っている工場が被災し稼働できなくなり、また流通ルートも塞がっていたため、あるいはその両方が原因だったかも。「牛乳ひと家族1本まで」という張り紙が、コンビニやスーパーに貼られていました。

そんな中、我が家です。
まだ子供は産まれていなかった2011年3月当時、夫がカフェオレをがぶがぶ飲むので、うちの冷蔵庫には常に牛乳を4本くらい常備していました。その牛乳がないわけです。

「え、牛乳ないんだけど」

と不機嫌を声に出す夫。
私は慌てて買いに走りました。大きなエコバッグを持って、一人一本しか買えないからあちこちのコンビニやスーパーをはしごして、すでに何本か買っているのを見られないように、こそこそと買い集めて何本もの牛乳が入った重たいバッグを抱えて家に帰る日々。

こんなご時世に買い占め行為をしている自分が恥ずかしくて、知られないようにしていました。

でも、恥ずかしいのは夫ですよね。そもそも欲しけりゃ自分で買いにいけよ。
それが当時の私には言えなかった。専業主婦の役目だと思っていたから。家族を不快にさせないこと、家族のニーズに応じることが。それに当時の夫は何ヶ月も出張続きでほぼ家にいなくて、たまに衣類や仕事道具の入れ替えで家に帰ってきた時くらいいつも通りに過ごさせてあげたいというのもあったし。

震災発生後少しして、夫の弟妹たちと集まった時も、そんな話になったのです。がぶがぶ牛乳飲むからこそこそ買い集めたんだよ!と、夫のワガママにプンスコしている妻のていで茶化しながら話しつつ、え、他のみんなも牛乳がぶ族のはずだけど、特に弟。文句言わないの?ツマさんどうしてるの…?と聞いたら、

弟ツマ「え?『牛乳ないの?』って言うから、ないね〜〜って」

妹「うん、私もたぶんそう言う」

えええ!!!
そ…それで良かったんか!!??
まだ半信半疑の私。
これが本当に衝撃でして。

私は、「牛乳ないの?」を、「牛乳ないんだけど何やってるの?早く買いに行ってよ」と受け取っていたんですよね。まあ夫の場合は「牛乳ないんだけど(苛立)」だからより直截的だし。
もしも当時、この件に関して夫に直接話したとしても、「そんな言い方してない」「そんなつもりで言ったんじゃない」と言ってくると思う。今までずっとそうだったように。最近になって(16年不倫激白以降)そこに「誤解させたのなら謝ります」が加わるようになった程度。

で、その時思ったんです。オイルショックのトイレットペーパー買い占めと同じ現象が、311の時にも起こったじゃないですか。私もスーパー行って残り一個の、普段買わないようなウォシュレット専用の分厚くていいによいのするお高いトイレットペーパー買うしかなかったんです、うちの中の在庫がもうなかったから。あの時タッチの差で私の後に来た年配のおばさまが、店員さんともうないの…?すみませんこれで最後なんです、次の入荷は未定です、という会話をしてらして、途方に暮れた様子でいらしたご婦人に、ほんとはあの時半分こしますか?と声を掛ければ良かった。当時はまだ30代半ばで、そういうとっさのやりとりが出てこなくて、言えなかったんだけど今なら絶対言う!1ロールいくらか計算して小銭チャリチャリやりとりする!なんなら多めに差し上げる。大丈夫ですうちまだもう数個あるんで!夫も出張で留守がちですし!って言う(余談ですがまた夫が無茶苦茶トイレットペーパー消費する人で嫌だったから芯なしシングルにしたんだよな)。それにあちこち買い回るのだって自分なら自転車で回る体力あるけど70代と思しきあのご婦人には厳しかったろう…言えば良かったなあ、と時々思い出します。そういう経験があるから、今は割と言えるのかも。赤ちゃん連れのママさんとかに割とメイアイヘルプユー言いがち。

話が逸れた。思ったんです。
主婦の買い占め、って、家族に文句を言われるからでは?
主婦の買い占めって非難されがち、馬鹿にされがちだけど、おまえら家族が文句言うからじゃねえのかよ!?と。

冷蔵庫にビールが冷えてないだのグラスが冷えてないだのポン酢がないだの、朝のパンがないだの、シャンプー切れてるだの詰め替えされてないだの、そういうことで普段から家事従事者に不平を言ったことのない者だけが、買い占めに石を投げなさい。

でもそういうことに文句言わない人はそもそも買い占めに石を投げたりしなさそう。もっとジェントル。夢見すぎですかね?人として当たり前?夫が人としてあれすぎただけ?ちなみにビールグラスポン酢が夫の実例でして(あ、シャンプー詰め替えもだ)、ポン酢に至っては食事直前に買いに行かされたこともありました。だから、牛乳を切らしてはいけない、という私の不安や焦りも決して考えすぎではなく、夫による支配の影響だったと判断できます。

牛乳より数年前のある日、ご飯の支度を全て整え、あとは食べるだけ、という段になって夫を呼んだら、ポン酢がないじゃん、と。えっうわ切らしてたんだ!ごめん今日は酢醤油とかで食べてくれない?と言ったらはあ!?全然別物でしょ、鍋なのにポン酢がないなんてあり得ない、と不機嫌になり、それでいて頑として動こうとせず。私もやっと整えた食卓に食べる寸前でそんな不遜なことを言われて腹が立ち、そんなに欲しいなら自分で買ってきたらいいと言うも、夫は「そっちの不手際でしょ」と譲らず、睨み合いに。結局私は、ものすごく腹を立てながら、怒りに任せて家を出て、ぷりぷりしながら買ってきて、これで文句ないでしょ!?と怒りながら夕飯を食べたのでした。こういうのも、「好みが偏ったパートナー」の面白エピソードとして昔はここに書いてきましたが、この話はなんだか書けなかったんですよね。すごく傷ついて、結局言いなりに買いに出かけている自分が情けなくて。それから、こんなことで私をここまで責め、食卓の椅子で腕組みをしててこでも動かない夫の姿がさすがに笑えないんじゃないかと思って。笑えないですよね。これも夫に言ってもきっと良くて「感謝が足りず申し訳なかった、言葉にするのが苦手で」と誤魔化すか、悪くて「大袈裟に誇張している」と認めないか、いやこれいずれにしても認めてないな。といった感じのやりとりがまだ続いている今日この頃です。笑えないですね。

あと、「ものすごく腹を立てながら」「ぷりぷりしながら」というあたりで、「私は言いたいことを言えている」「ちゃんと主張できている」と勘違いしてきたんだな、とも振り返って気付かされています。確かに言ってはいた。私はずっと不満だし、不安だし、悲しいし、怒っている、やめて欲しい、と訴えてきた。言っても言っても聞き流されてきたのが問題であって。

激白より数年も前、友人にこういった出来事と心痛についていつものように切々と聞いてもらっていたら(日常茶飯事だったので枚挙にいとまがない)、友人が、

「あなたはもう、できることは全部やっている」

「あとは夫側の問題だと思う」

と言ってくれて。さあーっと霧が晴れるように、認識が変わったのを思い出します。

こんなに言っても通じないのは、「私の伝え方が悪い」んだと思っていた。そうじゃないんだ、こんなに言っても通じないのは、夫側の「受け取り方の問題」なんだ、と。受け取って変わるかどうかも、夫の問題であって、「夫が変わらなかったら私の言い方が悪かった」なんて自分を責める必要ないんだ!と。ガスライティングを受け続けて49年、というか悲しいことに生まれてこの方ガスライティングをしない家族がいたことのなかった私の人生。悲しい。今初めて、家の中にガスライティングをする輩がいない状態で暮らし始めてようやく1年半、なのです。

こんなふうに、当たり前のように「家族に不自由させてはいけない!」「家族を不満にさせてはいけない!」と思い込まされて買い占めに走っている人も少なくないんじゃないかな、と、私は思うのです。それは性暴力と地続きのようにも思う。こうしたことが当たり前の土壌が、追いやっている側には自覚すらないまま、人を追いやるのではないかと。

だから諦めずNOを言いたいし、言える空気を当たり前にしたい。自分がやる側にもならないよう常に気を付けていたいです。

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不満があるなら伝えないと。自分の領土は自分で守らないと。

いや…伝えようという努力はしてきたんじゃないか?かなり。
本当にこれ以上、まだ私の方だけが変わらないといけないのか?

この20年、たぶん私はその場にしがみついているので必死で。何かを訴えるとか、変えようとするとか、伝えるとか、そういうことにエネルギーを費やす余裕がなかったんですよね。なんとなくそれでも生活は回ってしまっていたし。

でも、どこかに常に違和感があって。不安が、不満が。どこかに常にあって、時々噴出して、訴えてみてもうまくいかなくて、やり込められて引っ込めて、というのを繰り返してここまできてしまって。20年。

最近思っているのが、私は自分で思っていたよりもずっと、傷病者だったのではないかと。虐待サバイバー。だから日常生活を送るだけでいっぱいいっぱいで、そんなことまで望んじゃ贅沢だとか、殴られないだけ怒鳴られないだけ幸せだとか、危害を加えられないだけ、相手に悪意がないだけ良いだとか、実家より遥かにましだとか、そう思って大小さまざまな我慢を積み重ねて来てしまって。

ちょっともうそれが限界にきている、ということにようやく気づき始めている、のではないかと。
ここ数年の人生の転機で、揺さぶられまくって。

不倫激白の一年半前にも既にこんな↑こと書いてるんですよね。まさかこの後人生最大特大の転機にぶん殴られるとは誰が予想しただろうか。


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なんでこんなに一人相撲というか、ここまで自信が持てないのかって言ったら、やはり根本的に不安があるんだろうな、と思うんですよね。親との関係が良くなくて、子供の頃から安心したことがないから。愛される自信がない、大切にされる資格がないと思っている。心のどこかで。だから傷ついても言えないし、不当な扱いだと声を上げることもできない。怖くて。

自分がそういう状態なのだと、介護更年期を機に気づくことができたのが大きな進歩だったな、と思います。自覚しないとオットにも言えないわけで。

この半年後に特大の答え合わせががつんと降ってきたわけで。


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