
<生きるとか死ぬとか父親とか ジェーン・スー/amazon>
はい!数年ぶりの編み物の話に毎回加齢の話がさし挟まれ、とうとう長文考察が入り。別の記事にすれば良かったかな。でも繋げたかったんですよね。
そして頂いたコメントにもそうそう!それそれ!と書きたいことがいくつか浮上したので、改めて書いてみます。思い出服話。ちょっと思わぬ暗い方向にも筆が進んでしまったのですが…。自分の嗜好、何を買うか、どう扱うか、ってやっぱり性格や人生が現れるな、と思いました。4888字。
さてまずは先日。
久々にスキニー履いた日に転びかけまして。駅のエスカレーターで。
えっちょ待って似合う似合わないのファッションのお話やないやん。スリムとかタイトとかスキニーとかめっきり履かなくなった理由は転ぶからって。
お年召しすぎでは?言うてまだ50ぞ?
いやその…エスカレーターは止まって乗る連盟理事ともあろうものが、お子の留守番に焦っていたとはいえ、まもなく電車が参りますのアナウンスについ気が急いて早歩きしようとしたら蹴つまずきまして。冷やっとしました。ストレッチのスキニー+これまた久々に履いたくるぶしブーツの合わせ技で、エスカレーターのあの幅広ステップを超えられなかったんですね…。(ん?これ加齢のせいにしてるけど運動不足もめっちゃあるな…?)
そう!そういえばこれなのです!さっぽろ雪まつりのらくだ色のスキニーコーデュロイ!えっそんな前のパンツまだ履けるの!?と時々驚かれるのですが違うの直したの!産後の体型変化で履けなくなって、ウエストや腰回りに布を足してめっちゃ広げたのです。
そもそもそういえば買った直後にはゆるすぎて一度詰めたんだった。試着だけだと気づきにくいストレッチあるあるで(ありませんか?)、いざ履いて歩いて動いてるとどうにも落ちてくる…のが煩わしくてウエスト周りをお直しに。その時お直し屋さんのおばさまが「また戻したくなった時に出せるように、切らずに内側に折り込んでおきましたよ」と言ってくださって。えっありがとうございます!でも戻したくなるなんて想像できないな…?と30代前半のわたくしは思ったものですが…10年経って気づく真実、おばさまは正しかった。時を超えて感謝したい。
んで数年後、満を辞してキツくなった時には、詰める時にお金かけたしすぐさま履きたいし!と自力でめちゃ頑張って直したのでした。お見せできないくらいガタガタだけど。
しかし今回新たに痛感したのです。
もうウエストや腰回りが入ればいいってものではない。
スキニー、膝が上がらないのよ!!
段差に蹴つまづくの!!
危ないから!!履けないの!!
あと下半身締め付けられると血流悪くなって全身疲れる。若い頃には感じなかった深刻な影響が。
それに、トップスもゆったり系が増えてくるじゃないですかこの年頃。そうすると足だけ妙にぴたぴたしてるのがなんかアンバランスで。きのこの化身みたくなる(伝われ)。
おかしい…若い頃はゆったりAラインのトップスにはスキニーでメリハリをつけて、とか教わったはずだのに…
ことほどさように。もはや服装とは健康と見つけたり、と。マジで。だいじ。いのちをだいじに。
そして。
それとはまた別の視点、「着る着ないで断捨離して後悔した話」もあるのです。
3年くらい前かしら、数年に一度、「物を、物を減らさなきゃ!」という波が来るのですが(来ませんか?)、SNSでまことしやかに「2シーズン着なかったものは処分!」とか言われるじゃないですか。それを真に受けてね、ばんばん処分した時期があったんです…そして後悔した…。
確かに2シーズン着なかったけど。色といいデザインといい、もう着ないよな〜と思ったんだけど。
でも…あれ好きだったなあ…あの色、形、素材…。
ハっ!あのワンピースもしかして重ね着とかすればいけるんじゃない!?と思いついて俄然試したくなり、どこにしまったんだっけ!?と家中大捜索しても見つからず、あああれ…断捨離気分だった時に古着屋さんに売っぱらった…!?と呆然としたこともありました…。
そういうことを繰り返して思ったんです。
もしかしてばんばん断捨離できる人って、アイテムへの思い入れが少ない人なんじゃないかと…。
サッと買ってパッと売る、みたいなスタイルが基本の人。
でもほら私、さっきも書いたように、わざわざお直し代かけたり、手間暇かけたりして1着を長く愛用しようとするじゃないですか。
そういう私が…「2シーズン着なかったから」といって処分したりしちゃいけなかったんだな…と…。
特に最近編み物にハマったもんだから尚更、数年前に手放して後悔しているニットが脳内の上の方にありまして…チェリーレッドの…すごくキュートな…
あっ私ブログに載せてる!これ!と久しぶりに読んだらせっかく買ったばかりのボーダーカットソーを夫からハンバーグラーと揶揄されてすごく嫌だったことまでネタにしている昔の自分を発見。いいのにムリして笑いにしないで。面白くない失礼だろやめろ、って言えばよかった。いや言ってたな。言っても言っても無視され続けただけで。ツイッターで「嫌知らず」と命名されてましたよねこの手の妖怪。ナイスネーミング!
それはいいとして(いくないが)。
この!ニット!フランシュリッペの!
超可愛い!!
色も大好き!!
なんて言うんでしょう、トマトレッド?ビタミンカラーの、明るい朱色でね、すんごく可愛らしかったんです!
でもね…その可愛さが仇になって…ほとんど着てないの…
これ写真では目立たないけど、肩がパフスリーブっぽくなってるんですよ。そこも可愛かったんだけど…でももう40代が着ようとすると、白ベストの時にも書いたような、加齢によりついた肩の肉、背中の肉をね…パフスリーブが強調してくれちゃってガンダムみたいになるんですよ。ガンダムなのに赤いとはこれいかに。いやザクほどじゃないのよ。赤い彗星ほど丸っこくとんがってはいないの(伝われ)(ティリリリリン!)(←「ニュータイプ 音」で検索しました)。
そして数年前の断捨離期に、もう着ないよな〜可愛すぎるしな〜2シーズンどころか何年も着てないし、もういいか!と古着屋さんのダンボール行きにしてしまったんです…。
でもね、これ本当に細工が細かくて。凝った編み込み模様に、襟元はかぎ針で。深めの襟ぐりの丸みを帯びたラインもすっごい可愛い。もちろん機械編みでしょうし、確か中国産だったとは思うけど素材もウール100%で…しかも安かったんですよね!若い子向けのブランドだったから。この品質の服があの値段では、もう今後売られないよな〜…と…。
取っておけば良かったなあ〜〜…と…。肩のパフ部分をね、よほどほどいてなだらかに直そうかとも考えたのです。でも綺麗に仕上げる自信もなかったし、断捨離期ってとにかく処分したい欲が高まってるから「いいや!箱箱!」と…箱行きに…
時折思い出してはため息ついてます。
服への思い入れが強すぎる。
でも、ため息ばかりでは仕方がないので、時折思い出しては検索して、もしも市場に出回ったらまた買い戻すつもりでいます。
服への思い入れが強すぎる。
「フランシュリッペ ニット」とかで検索しています(注:本当)
いやほんとに。こんなに服への思い入れが強いのならば。こんなにくよくよするのであれば!処分する時、「着る着ない」だけを基準にするのはあまりに大雑把がすぎるのではないか!?とようやく最近気がつきまして。
そこで、「思い出枠」を作ったのです!
いや荷物を減らす必要はあるよね?減ってないよ?
わかってる、わかってるの!だからもちろんなるべく減らそうと努力はしている。そもそもあんまり買わないように。ていうか買わなくなった。
これもね、ドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』の一場面を否応なく思い出すのですが、主人公の母が亡くなり、友人たちと遺品の整理をしていたら押し入れから次々と、商品タグもつけっぱなしで袋から出してもいない新品の服が出てくる。中には100万円の毛皮も。呆然としている主人公に、友人の一人が「お母さん、きっと寂しかったんだね」と優しく言葉をかけてくれるのですが、主人公の父はずっと不倫していて、母はずっとそれに苦しめられていたんですよね。
私の場合は幸か不幸か夫の16年もの不倫に関してはまるっきり寝耳に水で、全然知らずに過ごしてきたのですが、でも先ほども書いたようなからかいなど、一つ一つは些細なことかもしれない、でも言っても言っても伝わらない、冗談じゃんとため息つかれて封じられる、そういった細かな傷が無数に連なる日常を過ごしていて、きっと溺れそうだったんでしょうね。めっちゃくちゃ服買ってたんです。ドラマのようなハイブランド品、高級品ではないにしろ、毎月かなり買っていた。今思えば。
でも事こうなって、金銭面も不安だし、支出を見直さないとな、と思って真っ先にやめたんですね、そうやってばんばん服買うの。
そしたら意外に平気で。
以前は、ステキ!と思うものを我慢するのが辛くて(何しろ好きだし…服…)。つい買っていた。着ていくあてもさほどないのに。「欲しいものを買えなかった」というストレスに耐えられなくて、買うのをやめられなかったんだな、と振り返ると判ります。まさしく買い物依存気味だったんだろうな。それに気づいた時、ドラマ『生きるとか死ぬとか〜』の、薄暗い部屋の中、押し入れから出てくる山のような新品同然の服と、「きっと寂しかったんだね」というセリフが浮かんで、ああ、これか、と繋がった気がしました。
しかもね、そうやって私が「買うのを諦めたくない服」って夫にはくさされがちだったんですよね。また変な服買ってる、とか、派手じゃない?とか言われて、一緒に出かける時には選ばない服。そういうものをこそ、手放したり諦めたりしたくなかったのかもしれない。それに、そうなんですよね、私結局は自分を曲げなかったな、と最近気づいた。夫にどんなに眉を顰められたり首を捻られたりしても、私が好きと思うものを選び続けたんですよね。一緒に出かける時は手持ちのアイテムの中で多少は大人しめコーデを考えるくらいで。夫が文句言わなそうな、無難で清楚系な方向の服は買ったことがない。全然惹かれないから。もしも私がこの長年の結婚生活の中で、服の好みまで折れて夫に従ってしまっていたら、今頃まったく自分の好みじゃない服がワードローブに溢れかえっていたのかもしれない。そう思うとぞっとしますね。ぞっとするし、悲しい。服が好きだから。
だから今みたいに、どれも手放し難い!と悩んでるくらいが健全なのかも。私が諦めなかった証とも言える。
ともあれ。
精神的にはそれで事なきを得たが現実的なスペースとしてはそうも言ってられず!
「思い出枠」を作ったわけです!
「もう着ないけど、手離すには忍びない服」を入れておく引き出しを用意して、迷うものはとりあえずそこに入れておくことにしています。そういう判断でやっても結局は後悔するけどね!?(台無し)だって!「これはほんとに全然着てないし大した思い入れもないからいっか」と処分した服を数年後に「ああっ!今こそあれが必要だった!」ってなったりするんだもん!もうしょうがない。業。成田美名子先生『ALEXANDRITE〈アレクサンドライト〉』の「どんなに悩んで出した結論でも後悔することもあるんだよ〜〜」という父の教えが大好きです。
そうそう子供の服もね!赤ちゃん時代の産着とか、1歳2歳の頃の服とか、どんどんサイズアウトして実用的には不要になっていくじゃないですか。同時に今着れる必要な服をどんどん買い足さないといけないので、着れなくなったものはばんばん人にあげたり処分したりしてたんです。あと生地として小物作るのに再利用したり。でも…やっぱり後悔している…あのちっちゃい服のまま保存しておけば良かったな…と。こんなにちっちゃかったのか!と新鮮に驚きたい。なので途中からはどこにもやらずに保管してます。減らないけどね…?
そんなあひるちゃんの服話でした。なんだか、思わぬ方向に行ったけど納得もいくような、そこにあったものを照らしたな、という感じがあります。読んでくださってありがとうございました。


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