[昔話] 30年前の不合格発表の思い出



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この時期になると思い出す、自分の大学受験の時の思ひ出です。もう30年以上前なんだなあ。
受験で不合格だった瞬間の一部始終です。自分にとってはなかなか印象深い出来事だったので、これを機に書き残しておこうと思います。ちょっと心に負荷がかかるという方もいらっしゃるかもしれません、どうぞスルーしてください。2600字。

当時19歳の春、第一志望の大学の学部の合格発表を実母と一緒に見に行きましたら。落ちてまして。んんん。掲示板を見上げたまま厳しい表情で固まっている私の背後では、やったー!あった!と親子で喜び合っている方々もいらして。そこへ、在学生の応援団?みたいな、学ランだったりはっぴだったりを着た何かのサークルらしき人たちが、「おめでとうございます!万歳三唱させてもらっていいですか!せーの、バンザーイ!バンザーイ!バンザーーーイ!」と。盛り上がっておりまして。

それを、少し離れたところから、撮影しているカメラマンがいたんですね。
当時のことですから誰彼構わずスマホで撮影なんていう時代ではなく(そもそもスマホがなかった。辛うじてPHSあったかな…?ポケベルの時代でしたよ!)、おそらく大学側が公式に雇った正規のカメラマン。大きな一眼レフを構えて、大学の宣材か何かに使うのでしょう、そんな受験生たちの合格発表の風景を写真に収めていたのです。

が。
明らかに、私も入るような構図でカメラを構えている。
合格の喜びに沸く親子さんと、それを囲んで万歳三唱する学ラン姿の男子学生たち、その向こうには険しい表情で立ち尽くし掲示板からまだ目を逸らせないでいる、おそらく不合格だったのであろう女学生。

いい写真やんけ。
合格発表の悲喜交々。光と影。

何勝手に撮ってんだゴルァ!!!
人をエンタメにしてんじゃねえ!!!
ピューリッツァー賞狙いか!?おおん!?

と、沸き上がった激しい怒りをそのまま視線に乗せてレーザービームのようにそのカメラマンめがけて発射し、顎ごと踵を返してその場を立ち去りました。実際には、何も言えずにただ睨みつけただけですごすごと逃げたようなものですが。

その発表は午前中で、第一学部のものだったんですね。昼間のいわゆる普通の学部。同じ大学の夜間学部も受けていたので、午後まで時間をつぶさざるを得ず。地獄の時間。3時間くらいあったんじゃないだろうか…午前の発表のキワが11時ごろで、午後の発表が14時からとかだったから。確か。一度帰宅するにも中途半端だし、オンライン発表も当時すでにあった気がするけど、でもせっかくここまできたからまあ一応直接見てから帰るか…ということになったんじゃないかな、細かいことは覚えていないのですが。

大学裏の喫茶店で、喉を通るはずもないのにお昼を頼んで、その後は飲みたくもないのにコーヒー頼んだり、間がもたないからプリンみたいなものも頼んだかも。当時はそんな、今みたいにあちこちにカフェがあるわけでもなかったし何よりうろうろする気力もなかったので、見つけたお店に入って呆然と時間が過ぎていくのを待ちまして。いつもはアレな言動の多い母もこの時は何も言わなかった気がします。あんまり印象に残っていないということは。

第一志望が落ちていて。午後発表の夜間の学部は、滑り止めですらない、昼間の学部と出題傾向が近かったから模試のようなつもりで受けただけの学部でした。夜学なんて、進学先として選択肢にまったくなかった。周囲の同級生たちも同じでした。それなのに、昼間の学部は落ちてしまった。どうしよう。どうしよう。夜学に行くしかないのかな…いや、それ以前に夜学すら落ちていたら?どうしたらいいんだろう。どうしたら。

そんなことをぐるぐると思うともなく思い、気がついたら時間が来ていて、のろのろと立ち上がり、先ほどの掲示板の前まで重い足を引きずって戻るしかありませんでした。

果たして。
あった。
私の番号がある。
見上げた掲示板に、今度は私の番号を見つけることができて、胸の奥底から、歓喜が迫り上がってきました。「あった」という私の押し出すような震えた呟きを聞き取り、母があったの!?やったじゃない!と声を上げ、それを聞きつけた先ほどの学ラン集団が私の周りを取り囲み、

「おめでとうございます!万歳三唱させてもらっていいですか!」

眉間に皺を寄せたままの表情で彼らを振り向き、大きく頷く私。

「せーの、バンザーイ!バンザーイ!バンザーーーイ!」

二唱目までは掲示板を見上げて固まったまま、三唱目でようやく、腰の辺りで両拳を打ち震わせながら掲示板よりもさらに高く天を仰ぎ、声にならない咆吼を上げる私。喜び方が猛々しい19歳女学生。

と、そこでふと目線を地上に戻すと、万歳三唱の後もなお口々におめでとうございます!と喝采をあげてくれる学ラン集団の向こうに、先ほどのカメラマンがやはり一眼レフを構えてこちらを向いていたので、

先ほどのレーザービームと同じ険しい表情のまま、レンズに向かってビシッと思いっきり親指を立てたところ。

シャッターを切り、ファインダーから顔を外し、カメラマンも無表情のままサムズアップを返してくれたではないですか。

そのまま再び踵を返し立ち去る私。
何それかっけえ。絶対Get Back流れるやつ(※ジョジョです)。
いい写真撮れてただろうなあー!
見てみたかった。落ちた方と受かった方、両方。

そんな不合格発表の思い出でした。あれはなかなかにドラマチックだったな、ショートムービーになりそうだな、と時々フフッと思い出すのでした。
その後、やっぱり第一志望には落ちたショックでしばらく落ち込んだり、通い始めた夜学にも最初のうちは馴染めず、こんなところほんとは私がくるべきところじゃない…!と不遜にやさぐれた気持ちになったりもしましたが、夕方集まって夜まで勉強する、というのが存外楽しくなってきて、今でも印象に残っている講義もたくさんあるし、一生の友人もできたし、受かって良かった、そして通うことにして良かったな、と思っています。人間万事塞翁が馬。

それから、私が受験したこの1995年1月17日には阪神淡路大震災が起きたため、あちこちの大学の受験会場で「震災の被害があった地域にお住まいの方はこちらへどうぞ」と受験料の返還がされていたのを覚えています。そして同年3月20日には地下鉄サリン事件。発表を見るため家を出る直前にたまたまついていたテレビのニュース映像で、ヘリコプターか、付近のビルからの映像だったのだろうか、地下鉄出入口の路上にタンカや毛布で寝かされている人々の騒然とした様子が映し出され、その日は出かけるのをやめたのでした。

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“[昔話] 30年前の不合格発表の思い出” への2件の返信

  1. ほんとにショートムービーか、そういう曲のMVみたいですね。
    受験生のあひるさんパートと、諸般の事情でこれが最後の仕事になるカメラマンパートの二部構成で、サムズアップで交錯するだけのストーリー。

    私も第一志望に落ちてすべり止めに入った口ですが、結果的にはそれが良かったなと思ってます。
    人間万事塞翁が馬、ほんとそうですね。

  2. k.satさん
    「諸般の事情でこれが最後の仕事になるカメラマン」!いかす設定ですね!
    すべり止めナカーマ!結果的には良かった、そう思えるのもなんていうか、生きる力みたなものですよね、きっと。

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