<連続テレビ小説 ばけばけ NHKドラマ・ガイド ふじきみつ彦/Kindle>
■2025-12-19 『ばけばけ』の怪談 “子捨ての話” 小泉八雲と夏目漱石と吉野朔実 [私的トリビア]
■2025-12-20 『ばけばけ』の怪談 “子捨ての話”とうちの子
ご覧になりましたか…『ばけばけ』…スバラシ…スバラシの日々…
あんな「他愛ない、何気ない日常の家族とのやりとりが楽しい、それが幸せというものですよね」というドラマの主題歌が「♪日に日に世界が悪くなる」「♪気のせいか」「♪そうじゃない」という。「♪野垂れ死ぬかもしれなあいね」という。このドラマが始まった9月はまだそこまでじゃなかった気がするけど…どんどん…どんどん国内外の情勢が悪くなっていっており、櫛の歯が抜けるように、踏み板が谷底に落ちていっているように感じられて。不安です。不安ですがひとまず置いておいて。
『ばけばけ』の感想を。日に日にたかしが好きになる。つい最終回を実況してしまったので、久しぶりに8000字です!
実際のとこ岡部たかしさんにかなり持ってかれましたよね。朝ドラ名物「役に立たない父親」枠殿堂入りでは。ばけばけ、朝ドラのお約束的な展開をことごとくスルーしてったと言われていますが、中でも笑ったのは「もっとヒリヒリしたいんじゃ!」みたいなわけのわからん理由でたかし家族の貯金を全額持ち出してあずき相場にぶっ込むも儲かってしまうの巻。わざわざすごい胡散臭い人に預けたのにめっちゃお金増えた!単に普通に目利きの投資アドバイザーさんだった。お前の胡散臭さを信じて預けたのに!とたかし喫茶店で激怒してて笑った。理不尽。
しかも夙川アトムさん演じる怪しい男のお名前が荒金九州男(あらがねくすお)。いかにもすぎる!なのに儲かりそうな時だけ大金を預かって増やしてくれるし、再びたかしが今度こそ増やしてくれ!と大金持ってきた時には「今はやめといた方がええ」と止めてくれる。めっちゃ頼りになる。普通にいい人。
あと喫茶店といえば、大学を首になったことを言い出せず悄然とホットミルクを飲むヘブンさんを見つけ、何やら励ます?寄り添う?たかし。あのシーンも好きでした。お主は昔のわしじゃ、気持ちがよくわかる、といかにもいい話風に言うのにヘブンさんにもえ、そう?よくわかんない…みたいに戸惑われてるのも笑いました。と言いつつなんだかんだでやっぱり励まされる感じも。
あと!ツイッターで皆さんの解釈に触れておお!?とびっくりしたのが、この喫茶店でもそうだったし、他でも何度も出てきたたかしの(いやすいませんそろそろ司之介ですね)猫舌ネタ!
最終週になってちらっとだけ語られる、「(ヘブンさんとおトキがまとめた怪談集の)雪女の話はおじじ様(小日向文世さん)の体験談だから、わしら家族にとっても大事な話じゃ」という。えっということはまさか、司之介の母が出てこないのは雪女だから!?だから司之介も極端な猫舌!?と注目してらっしゃる方々がいて。えええ!?面白!!と思いました。
もう少し違う角度から、「早くに母を亡くし寂しがる息子司之介に、お主の母は雪女だったんじゃぞ、と教えるおじじ様の愛」という解釈をしてらっしゃる方もいて、それも素敵、と思いました。それから、だからこそ司之介は確かに亡き母の面影や家族の温もりを求めるヘブンの気持ちがよりわかるのかもしれないな、とも思ったり。たかしだけど。たかしなのに。「昔のわし」ってそういう意味でもあるの?もしかして。たかし…。
ことほどさように日に日にたかしが好きになるばけばけでした。アドリブもすごく多かったみたいで、言われてみると他の役者さんが不自然に肩を振るわせてたりするんですよね。ほんとに。たかし。
そんなたかしが!!
最終回、おトキがヘブンさんの愛に思い至り、号泣する場面で、それを見守る司之介の表情をカメラが捉えたらもうずーっとふざけて飄々としてたくせに見たこともないような慈愛に満ちた顔で今にも涙が溢れそうな目を!していて!
岡部たかしさんのあのつぶらなきゅるっとした瞳がチワワみたいになってて!(←違国日記)
ちょ、たかしお前…今になってそんな顔見せるとか…
と思う間もなく、次のカットがおフミさんですよ!おトキの母!池脇千鶴さん…!
同じように、沈痛な面持ちで、目の前の娘が夫の死を受け入れる瞬間を見つめているのですが、ふいにニコッと笑うんですね。その次の瞬間カメラがおトキを映すと、さっきまで(カメラが司之介に切り替わる寸前まで)伏せていた顔をあげておフミさんの方を見ているので、ああ、娘が自分を見たから、笑顔を見せてあげたんだなと。母親として。
ということが伝わってくるこのわずか数秒。情報過多。なだれ込んでくる感情。
そもそもの、この、おトキが号泣する場面も…音楽も素晴らしかった…。俳優さんたちの演技も、演出も何もかもが素晴らしかった…。
最終週の火曜にヘブンさんが亡くなってしまい。しかもすんごく静かに。淡々と。劇的な描写ゼロ。
おトキの肩に頭を預けて目をつむるヘブンさんに、別れが近いことを悟り堪えようもない涙がはたはたとこぼれ落ちるまま庭を見ているおトキ(この時の二人のポーズが、オープニング映像でヘブンの肩に頭を乗せるめちゃくちゃ可愛いおトキと対になっているのでは!という言及もツイッターで見かけてああああ!)。
そんな二人の寄り添う後ろ姿の次のカットは、もう葬儀も済んだ寒々しいお寺のお墓の前で。いつもの面々が全員喪服で…(寒々しくうらぶれたお寺なのは故人の希望。怪談好きだから)。遅れてお墓参りに来てくれた親友おサワと、庄田さんは錦織(ニシコーリ)さんの帽子を持ってきてくれて。お墓に備えるおトキ。(錦織さんのことも喋り始めると止まらないのでちょっとおいときます)
みんなから少し離れた石段での、おトキとおサワ二人の喪服姿の画面がとても美しかった。あっけなかった、と淡い笑顔で語るおトキを見ているおサワがずっと泣くのを堪えているような顔な時点でもうこっちは堪えきれないんですけど、「取り乱せた?」と聞き、おトキをやっと号泣させてあげるおサワ…。喪服でかき抱き合う二人…(作画よしながふみ…悲しみを受け止め合う二人、という場面が多すぎて)。涙が、おトキの涙の粒がおサワの喪服の背中を滑り降りてゆくんですよね。悲しくも美しい…。
で。そのまましんみりと終わらせないのがばけばけ。
イライザ来訪により、まさかの展開に。
イギリスのリテラリーアシスタント(編集者)イライザが、レフカダ(ヘブン)最後の本がよりによって怪談みたいな子供じみた民話集だなんて、それもあなたが書かせただと!?とおトキに激昂。
「学のない私でも読める本だと嬉しい…」とおトキがおずおずとヘブンさんに言い、スランプだったヘブンさんはそれを聞いて俄然閃いたのです、ママさん(おトキ)も自分も大好きな怪談を本にすれば良い!と。そして二人とも大喜びで、夢中で連日連夜語り、聞き、書き起こしてできた本が『KWAIDAN』だったのに。
批評家には酷評され売り上げも散々(史実では、発売直後から注目されていたそうですが)。作家として大事な時期だったのになんてことを!というイライザの怒りの放出に暗転する水曜日。おトキはすっかり萎縮し、激しい後悔に苛まれ、思えばあれもこれも全てパパさんの人生を台無しにしたのだと自分を責め続ける木曜日。
えっちょっと待ってこれ今週ほんとに最終週なんですか。明日金曜で終わるの!?マジで!?あと15分で!?もしか3月いっぱいってことで来週の30月曜31火曜も『ばけばけ』ってことない?次の朝ドラは4月1日水曜からスタートかな?と番組表を検索して確認しました(本当)。来週月曜から新番組!てなってた。嘘でしょ…どうすんのこれ…。
そして、日本での強火リテラリーアシスタント錦織さん(吉沢亮さん)の弟、丈くん(杉田雷麟-らいる-さん。素晴らしかった!)と二人、イライザに言われたように、ヘブンさんの思い出を書き起こすことにするおトキ。出てくるのは後悔ばかりで…。
そこで出てくるフロックコートのエピソード。
おトキがフロックをフロッグと聞き間違え、カエルコート?と、「FROG」と書かれたカエルの絵を指さしておかしそうに笑う姿を、愛おしそうに見つめ、訂正しないヘブンさん。そもそもその絵も、おトキや子供たちが英語を覚えるために貼ってあったもので、「FROG」と書いたのはヘブンさん、カエルの絵を描いたのはおトキで。おトキの見ていないところでそれをそっと手に取り、絵の部分だけ丁寧に切り取って、目立たない小さな棚の側面にそっと貼るヘブンさん。そしてそれから何かにつけて、おトキに「フロッグコート」と言わせたくて声をかけ、コートを着る身振りをして(かわいい)、「あ、フロッグコートね」と言わせては嬉しそうにするヘブンさん。「フロッグコート、グワグワ」(かわいい)コートを取りに行くおトキの後ろ姿を、障子の陰からそっとななめに顔を出してニコニコと目で追うヘブンさん(かわいい)(ちょっと待ってこの構図もオープニングで二人が障子からななめに顔出してるすんごいかわいいショットと似てない…?わざと…?)
しかしそういったヘブンさんの様子に気づいていないおトキは、ヘブンさんはあんなに洋装を嫌がっていたのに、大学の英語の先生なんだから洋装を望まれてるはずです、と押し付けた(この辺りも史実のようです!)、と後悔しかできない。そんなふうに、私はヘブンさんの気持ちを無視してばかりだった…と。どんどん沈んでいくおトキを、「もうええんだないか、話さないでも」と動揺する司之介とおクマに対し、「待ってごしなさい、(何があってもおトキの)そばにおるって決めたんだけん」と止め、厳しい顔で見守り続けるおフミさん…。
そこへ丈さんが、つい吹き出しつつ、「フロッグじゃなく、フロックですよ」と教えてくれる。
そこでようやく張り詰めていた空気が破れて、一同どっと笑い、おトキもこげな話書かんで!と慌てる。
そこへおフミさんが、大笑いの下から、
「こげな話がええんだない?」
「あなたたち、そげな夫婦(めおと)だっただない」
「たあいもない、ほんにたあいもない、スバラシな毎日だっただない」と。
それを聞き、視線をさまよわせ、ふと小棚の側面に目をとめるおトキ。カエルの絵の切り抜きが、他にもたくさんの、ヘブンさんの心にとまったのであろう切り抜きとともに貼られている(ここで、さっきからそっと忍び込んでいた静かな劇伴が耳に届き)。見上げれば部屋には万国旗のように(切々と音量を上げる劇伴)ヘブンさんが描いてきた、様々な家族と過ごした一場面の絵が、所狭しと下げられている。(中には!毎朝見てきたオープニング映像で使われている写真の風景もあって!私たちが、私たちが見ていたのはドラマの宣材写真ではなく本物の、二人の思い出の場面なのだということが視聴者に明かされ)
もうぼたぼたに泣く。ぼたぼたに泣くしかないこんなん。
おトキと一緒にぼたぼたに泣いてたらさっきのたかしチワワアタック喰らうわおフミさん渾身の母の笑顔喰らうわ。脱水する。『三体』みたいに脱水して丸まる(途中までしか読んでないんですけど)。
でもこれだけじゃ終わらんのです!
えっ朝ドラって15分でしょ?どんだけあんの?なんとこの時点でまだ8:07なのです…半分ある!
おトキ号泣→チワワたかし→おフミ笑顔からの。
蚊です。
実際の小泉八雲が、生まれ変わったら蚊になってお墓参りに来た知人を刺す、と語っていたそうで。そしたらヘブンさんを演じるトミーバストウさんもなんと小泉八雲の墓前で刺されたと話題になっていましたが。ドラマの中でも…ぼたぼたに泣くおトキの元にぷうんと蚊が飛んできて、おトキの手の甲にとまり。「かゆい…」と泣き笑いするおトキ…。(もう、ここも、泣きじゃくりながらもおトキが懸命に呼吸を整え、笑顔で「かゆい…」と言うまでの間が、なんと贅沢に取られていたことか)
まだ!なんとここからが本番です!
その後。時は流れて。トキとヘブンの子供たちが、完成した『思ひ出の記』をめくったところで。
主題歌ハンバートハンバート『笑ったり転んだり』が流れ出し。
毎朝見ていたオープニングが一瞬で!横長のアルバムを開いている光景に!
何いいいいいいいいい。
これまでの二人の軌跡が、出会う前から、出会った後も、単純な時系列でなく時に前後しながら、歌に乗せてゆったりと展開され…。もう、もう脱水。カラッカラに。くるっくるに。勘弁してアンナチュ8話のLemonくらい泣く。ウェッ。
しかも!まだ終わらないの!ここまでで8:13!!
ろうそくの灯った薄暗い部屋の中、向かい合うおトキとヘブン。「これが、私トキの話でございます」
本棚には『思ひ出の記』もある(つまり少なくともヘブンの死後)。
おトキの着物は、これまでになく白い。着物はうっすらと柄が入っているが、半衿を大きくはみ出させる着付けが開始直後に注目されたりもしていた(明治当初に流行した着方だそうです)、その半衿が、これまではずっと可愛らしい刺繍物だったのが、一切の装飾なく真っ白。
揺れるろうそくの炎をはさんで向かい合う二人。「ママさん、スバラシ」「パパさん。…お散歩いきましょうか」そして部屋を出ていき、つと戻ってきておトキがろうそくを吹き消すと同時に現れる、「連続テレビ小説ばけばけ」のタイトル。ほとんど見えない暗がりの中、手を差し伸べるヘブンと、その手を取って立ち上がるおトキ、連れ立って歩いてゆく二人の気配と、「サンポ、ドコイク?」「お寺?」「Skipシマショウカ!」「え〜ここで?」「♪タタっタタっ…」と、遠ざかってゆく何気ない会話。
ー終ー
でですね!?
思わず見直す第一話ですよ!!
最後の場面、これ第一話の冒頭だよね!?と。
よくよく見返してみますと。確かに着物の柄も同じなの。トキはほぼ真っ白。ヘブンさんも薄ねずみ色。おトキは耳なし芳一を語っていて、固唾を飲んで聞き入るヘブン。
そして、第一話の冒頭から、トキは「私にもっと学があれば…恨めしいです」とヘブンに漏らしている。
それをヘブンさん、本棚の何冊かの著作を指し、「これ、誰のおかげで生まれましたの本ですか?」とトキに聞かせる。
学がある人なら、幽霊の本、お化けの話、みんな馬鹿らしいのものと笑うでしょう。
恨めしいことない、よきママさん、世界でいちばんのママさんです。
そして寄り添い見つめ合い、顔を近づけて…ナレーションの蛇と蛙(阿佐ヶ谷姉妹)が「え、ちょっとやだ!」「朝よ!?夜だけど!」と慌てるも、ヘブンさん、おトキの広い額にキス(高石あかりさんの美しい額!)
蛇と蛙「も〜!仲良しなんだから〜!」
そして改めてろうそくの灯りをはさんで座り直す二人、「もう一つの話、よろしいですか?」「では、私、トキの話を」
という!第一話アバン!なんです!
もう…最終週のトキを苛む「私がヘブンさんの人生を台無しにしてしまったのではないか!?」「私の学がないばっかりに!」という疑念の答えは、第一話の冒頭ですでに出ていたと!
ヘブンさんは、学がある人なら、幽霊の本、お化けの話、みんな馬鹿らしいのものと笑うでしょう、と(実際、錦織さんもイライザも怪談を重視しなかった)。
学があるないなんて関係ない、恨めしいことない、よきママさん、世界でいちばんのママさんです、と。ヘブンさんは最初から言ってるんですよね…。
世間の評価なんて関係ない。日本以外の他の国にも行けなくて構わない。流れ者だったヘブンさんにとって、ここに留まりたいと思える場所ができたことこそが幸せの証だったのでしょう。それを、自分のせいで縛りつけてしまったと嘆くトキ…違うよ…。
これは考えすぎかもしれませんが、あの世に行ってなお、おトキはまだ「学があれば…」という思いから自由にはなれていなくて。折に触れて自分を卑下してしまうのだな、と思うと少し悲しい。だけどヘブンさんは、その都度何度でも、「恨めしいことない、あなたは世界で一番だ」と伝えてくれるのだろうな、と思うと。
それが愛ってものなのではないかと。
つい吹き出してしまうような、他愛ないやりとり。
お互いの言動を、愛おしく思うこと。
ヘブンさんは繰り返し、怪談話それだけでなく、おトキが選ぶ言葉、その底にある考えが素晴らしいのだ、と言ってくれているんですよね。
それこそが、人を好きになる、ということなのだろうな、と。
敬意を持つこと、惚れ込むこと。大事に思うこと、大事にすること。
ひとつ、寂しい視点かもしれないのですが。
この物語が不思議なバランスを保ってやじろべえのように揺れていたな、と思うのは、おトキと家族との関係性でした。血のつながりのない家族に育てられつつも、ものすごく愛されて、大事にされていた。でも同時に、お家存続だったり、借金のために(たかし!)結婚しろと言われたり、最初の婿(悲劇の銀二郎さん!)のことを誰もが(おトキまで)当たり前のようにこき使って出奔させてしまったり、そういうのも全部、おトキが一人で背負っていて。でもおしんみたいにいびられている悲劇のヒロインなわけでもなく、みんなおトキが大好きで全力で可愛がっているのも伝わってくるし、おトキもそれをちゃんとわかって受け止めている。
と同時に、おトキは自分を強烈に、「何かの仕組みを円滑に回すためのパーツ」だとも思ってるんですよね。物語の中でたびたび爆発するのも、すごい脚本だな、と思っていました。それでも、爆発して家族への不満をぶちまけても、またすぐにいつもの他愛無い関係に戻っていく。
もらわれてきた子だ、という設定により、家族というものの無自覚の残酷さが際立つ仕組みになっていたようにも思います。
家族との絆はあったし、大事にもされていた。
それでも結局おトキは、ずっと確固たる自信は持てないままで。死してなお揺れていて。
思えばラシャメン騒動の時も、側からどう見えようと関係なくヘブンさんや家族との間には確かな繋がりがある、だけど、だからといって人目を気にせず毅然としていられるかといったらそんなはずもない。とうとう住み慣れた松島を追われることになっていて。決して順風満帆ではなく、予定調和の波瀾万丈でもなく、どうにもできない、どうしようもないものもたくさん描かれていて。
それでも。
それでもいいんだない、そういうものだない、ということかな、と。おフミさんに言わせたらきっと。
そして、死してなお、毎晩のように「そうじゃない、あなたは世界一」と伝え続けてくれる伴侶を得たことが、良かったねえ…と、しみじみと思うのです。
私にはついぞ得られなかったものども。
もうひとつの寂しい話です。
私に敬意を抱き、大事に思い、大切に扱ってくれるひと。夫はそれをしなかったし、夫が死んでも私はもう苦しみも悲しみもしない。おトキの慟哭が羨ましくすらある。
でも、私はそれを他の誰かと分け合うことができる。子供ともそうだし、友人たち、こうしてここを訪れてくれる人たちとも。心を寄せてくれる人たちと、少しずつ持ち寄って交換して、血液に乗せて酸素を循環させるように、元気をもらうことができている。それは本当に、素晴らしいことだなと。
それから『ばけばけ』の最後の展開に、夫との何気ない日常のこと、それを覚えていてくださいと綴ったこともつい思い出しました。全然違うんだけど。もともとあったものに改めて気づく、という今作と、あると思っていたが幻だった、というのとは。悲しさの次元が段違いなんだけど。
でも、これも頂いたコメントで改めて思えたのですが、あれは私の目線を通したことで生まれた架空の人物像とも言えるし、それを愛おしいと思っていた自分が存在していたのも確かで、だからこそ読み手の皆さんにも愛されたわけで。見事に循環している。だから、捨て去るのは惜しいと感じたのかもしれない。
今回改めて、本当に、『ばけばけ』の素晴らしい最終回を見て、私はドラマが好きだなあ、と再確認しました。脚本、演出、演技、音楽、照明、小道具大道具、編集…すべてのものが完璧に世界を作り上げていて、それをひとつひとつ、一人一人の人が担当して持ち寄っていて、こんなにも見る者の胸を打つ…。本当にありがとうと伝えたいです…。
『ばけばけ』の二人は、今宵もどこかで二人揃って怪談話を咲かせていたり、散歩したりスキップしたりしているのだな…と思わせてくれる余韻が、本当に素晴らしい作品でした。

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