朝ドラ『ばけばけ』見ています〜。スバラシ。ばけばけスバラシ。
中でもぼたぼた泣けたのが今週の、”子捨ての話”という怪談をトキが語る回でした。
ドラマの舞台となっている明治初期よりももっと昔、貧しい夫婦が産まれる子供を間引いていく悲しい話ですが、何回目かでようやく生活にゆとりが出てきて間引かず育てることに。そうしたある月夜の晩、父親が赤子を背負って庭に出ると、まだ口を聞くはずもない背中の子供が「お父っつぁん、お父っつぁんが最後に私をお捨てになったのも、こんな晩でしたね」と。
これは!
漱石の『夢十夜』!
そして私にとっては吉野朔実の『いたいけな瞳』の一編『月の桂』!です!
そんなわけでぼたぼた泣く少し前の、知的好奇心がへえ!と満たされたお話から。久々[私的トリビア]です。
漱石の『夢十夜』にも、背中の子供がふいに知らぬはずのことを語り出す場面があるのですよね。「こんな晩だったな」と。うちにある金井田英津子さんの版画版を確認したところ『第三夜』でした。父親が子供を背負い歩いていると、ふいに背中の子が「ちょうどこんな晩だったな」と声をかけてくる。父親は何やら厭な、たまらない感覚に襲われながら夜道を急ぐうちに、自分が百年前に人を殺めたという自覚が忽然と訪れる、途端に背中の子が石地蔵のように重くなった。
嫌な夢見てる〜〜漱石先生嫌な夢見てる〜〜。
という。これも!もしや昔から口伝えされていた怪談にインスピレーションを受けたものだったのかしら。
と、思っていたら!
おお、ほんとに接点があったの!?
Google検索冒頭のAI要約によると、
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と夏目漱石は、熊本第五高等学校や東京帝国大学で英語(英文学)を教えた「前任・後任」という接点があり、時代は重なるものの直接の交流は少ないですが、お互いを強く意識し、日本の「心」や「怪異」といったテーマで共通の関心を持っていました。漱石は八雲を「世界的な文豪」として尊敬し、自身の作品にも八雲に言及する場面があり、八雲の日本文化への深い洞察は漱石にも影響を与えました。
へええ!
こちらの文書では「ニアミスの連続である」と!
ニアミス具合が年表にされてます!面白い!
こちらでは、ドラマで見慣れたヘブン先生(ハーン)が英語を教える教室の写真なども。そして、あのヘブン先生の後任として、入れ替わりに漱石が!英語の教師として赴任したと!なんと!
■偉人が歩いたまち、熊本 vol.2|小泉八雲と熊本大学五高記念館 PEAK熊本
あの、ドラマの中ではすっかりヘブン先生のツイッター扱いの英語の授業。何が起きたか、どう思ったかを一文一文英語で読み上げて生徒たちに聞き取らせて筆記させてるのが、ドラマのモノローグの代わりになっててなんともおかしいんですよね。時には目の前にいる通訳の錦織さん(吉沢亮)への嫌味になってたりして。
そうかあ、接点あったんだ、そして漱石はハーンのことを先輩として尊敬してたんだなあ。ならもしや、『夢十夜』第三夜の「こんな晩だったな」は、元の伝承からのインスピレーションというよりダイレクトに小泉八雲へのオマージュだったのかしらん。
と、ここまでは文学に明るい方ならもしやどなたでもご存知のことだったのかもしれませんが、私は全然知らなかったのでへー!とびっくり、大変興味深かったです。
そしてここからは、そこまで多くの人が関連付けはしないかもしれないが、知ってる人ならきっと思い浮かべたであろう吉野朔実さんの短編との関連です。中期のオムニバス短編集『いたいけな瞳』4巻の、『月の桂』という、なんともべったりと重苦しいお話…。
私が最初に触れたのはこちらなので、後に『夢十夜』を読んで「これか!」と思いました。
吉野先生ご自身が、エッセイ吉野朔実劇場の中で久々に漱石を読み返して「あっ…(自分の)オリジナルだと思ってた場面が…(元ネタこれだったのか…)」とさーっと青くなってらしたんですよね。『夢十夜』の「こんな晩だったな」ですね!?先生!
『月の桂』の中でも、主人公は友人を殺して埋めます。それから数年後、生まれた自分の子供がふいに夜中起きてきて、「こんな夜だったな」と語りかけてくるのです。
小泉八雲の”子捨ての話”、『夢十夜』の第三夜、そして『月の桂』、3編全てに共通するのは、人を手にかけている、という点ですね。その罪を、知らぬはずの子供からふいに暴かれる。んんん、背筋が冷える顛末です…。
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でも、私が感じた『ばけばけ』のすごさはここからでした。
「ばけばけ”子捨ての話”とうちの子」に続く。
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『いたいけな瞳』、どれも素晴らしい短編集です。今は入手困難かもしれないのですが…ぜひ!カラーページがそのままのワイド版で読んでほしい!文庫版はね、なんとカラーが全て白黒にされてしまっているの!!なんとKindle版も、文庫を元にしてるからカラーページ無いの!『月の桂』は!カラーページじゃなきゃあダメなんだよ!!のっぺりと塗られた灰色の見開きページの左に水彩画の淡い月が、右には「一ツ目の 夜の瞳の その中に」という短歌のようなモノローグが真っ赤な四角の中に書かれている、一枚の絵として計算し尽くされた完璧な扉絵なのです…。カラーで復刻してほしい。
中古ですが、こちらです!ワイド版は全8巻。文庫は全5巻。表紙がすごく似てるのでご注意ください。ワイド版の方が全体的にやや白っぽいデザインです。

【漫画】【中古】いたいけな瞳[ワイド版] <1〜8巻完結> 吉野朔実 【全巻セット】
この儚げな、いかにも少女漫画然とした表紙からは想像できない、鋭利でドライで、なのにふんわりとした、なんとも不思議な作品集です。表紙耳の作者の言葉も毎巻すてき。電子になるとカットされがちなあそこね!全部入れろ!
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関連あひる
急逝されたのが2016年4月。もうすぐ10年経つのですね。いまも折々の出来事に、彼女ならどう描くだろうか、と思うことがあります。もっと見たかった。
■2020-04-21 吉野朔実の最後の短編集『いつか緑の花束に』、亡くなってから復刊された映画評『新装復刊 吉野朔実のシネマガイド シネコン111』
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[私的トリビア]
■2011-06-03 機械仕掛けの神様は電気羊を救うか?デウス・エクス・マキナ [私的トリビア]
■November 09, 2008 我が子の首を前に ~歌舞伎と古代ギリシア


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