井上雄彦『リアル』が7巻から急に面白くなくなった

4088773527 リアル 7 (7) (ヤングジャンプコミックス)
井上 雄彦
集英社 2007-11-29

by G-Tools

2002年から実に6年間の間、年に一冊ずつというメジャー青年誌のマンガとしては異例といえる遅いペースで刊行されてきた、井上雄彦の『リアル』。
障害者バスケを軸に、障害を抱える人たちの苦悩、それまでの人生、精神的・身体的な計り知れない苦痛、そして周囲の人たちとの関係。そんなものをまさにリアルに、丁寧に容赦なく、冷徹に熱く描き出していく、そんな物語です。
それぞれの巻に必ず胸を締め付けられるような描写が何カ所もあって、だからこそ年一冊のペースでもその一冊ごとに常に期待以上の満足度を得られる、一年待つことを飽きさせない、凝縮された凄まじさのある作品でした。
決して期待しすぎたわけではないと思うのです。7巻は、今までの6冊で得られた震えるような読後感を持つことが出来ませんでした。
話が散漫で、急に新しい登場人物が出てきて、表現が薄くなってしまっていた。そんなふうに感じました。


井上雄彦を面白くない、と言うことは何だかもはやタブーなのではないかと思うくらい、みんなが手放しに褒めます。私も大好きです。しかも今回は障害者をテーマとした作品。それを面白くない、と言ってしまうのはますますタブー扱いされているような気もします。なので、11月に発行されて読んでから、今まで言い出せませんでした。
でも、7巻を読んで何かはっきりとはわからないのですが、それまでの6冊とは違う、違和感を抱いたのです。その気持ちを正直に書いてみようと思います。
誰かがひどい目に遭う物語、大変な境遇だけれど健気に頑張っている物語、泣ける、感動する、そういうものを批判することを許さない。何か最近のフィクションや、実際起こった事件に対する報道の仕方にすらそういう「感想」の強要を感じて不気味に思ったことが、11月から2ヶ月経ってこれを書いてみようと思い立ったきっかけかもしれません。
『リアル』のどこに一番心揺さぶられ、すごい作品だと思っていたかというと、本当にまさしく”リアル”なところでした。綺麗事じゃなく、真正面から、自分が障害を持つということ、自分の身近な人が障害を持つということ、を、描こうとしている。そういうふうに感じたからです。世の中には障害を持っていない人のほうが多い。だから、多くの人が、そういう人たちの痛みや苦しみのことはあんまり考えたくない。正直言って、なるべく目を逸らしていたい。私もそちら側に属すると思います。困っているなら助けたいけど、どうしたらいいかわからない。そもそも助けはいらないかもしれない、それもわからない。
だけど、中にはとてもフラットな瞳の持ち主というのもいて、歩くのが、動くのが不自由そうだな、という人に対して、なんの躊躇もなく声をかけられる人。助けが必要なら手を貸すよ、と緊張せずにさらりと言える人。
『リアル』を読んでいると、井上雄彦さんはきっと後者なんだろうな、という気がします。障害者を、「かわいそうな人」「誰かの助けが必要な人」と扱わない。どうしてそうなったのか、それによってどう思ったのか、周囲のある人はどう受け止め、ある人はどう受け止めたのか。そういうことをとてもドライに、緻密に描いていっています。作者自身がそういう目線を持っていなければこうは描けないだろう、という描写が随所に見られます。「歩けなくなった人間の気持ちがわかるのかよ!」「わかんねーよ!俺歩けるもん!」というとんでもないやりとりは、きっと井上雄彦その人のコアから出ているものだと思うのです。
確かにわからない、だけど、わかりたい、というのとも違う、理解できるはずはない、でも、そうじゃなくてもっと違うことをしたい、共感とか同情とか、補助とか、そうじゃない何か。もっと普通のこと。
そのために、障害によって隔てられているかのようなこの距離感をまず何とかしたい。
とでも言えばいいのでしょうか。うまく言葉に出来ない何かを、作者は内に持っている。そんなふうに私は『リアル』を通して感じてきたのです。
それが、7巻では急に薄らいだような気がしました。
車イスバスケの試合の話と、突然出てきた新しいキャラクターの話に終始して、それまで何となくあった本筋からはずれたところに物語が向かっているような、そんな漠然とした不安を覚えました。
長い連載ですから、今回はたまたまバスケの試合の話ばかりになっただけなのかもしれません。でも、新しい登場人物が出てきて、その人の心理描写のようなものが、何だか今までに比べて随分おざなりな、一般的な気がしたのです。
事故で車イス生活になったばかりで、まだそれを受け容れられない。でも活き活きとハードに上半身を駆使してバスケで戦う先輩たちを見ているうちに、涙が溢れてきて、ページをめくると1ページ使って車イスの彼がぼろぼろ泣きながら、「バカヤロウ、歩けなくて何が悪い」と呟いている。
感動の場面なのかもしれませんが、私には唐突で、わかりやすすぎる、誰にでも描けるようなセリフ、誰にでも描けるようなシーンにしか見えませんでした。
長い物語だから1冊分くらい派生的、繋ぎ的な話になっても仕方がないのかもしれません。でも、これまで6年間6冊読んできた中で、何だか明らかに異質な気がしてならないのです。
まだ語り途中の登場人物が何人もいるのに、今ここで新たな登場人物をその他大勢的な位置で出してきて(今後重要人物になるとはあまり思えないし、そもそもこの作品がそういう、はじめ重要じゃなかった人を進行上キーパーソンに配置するという場当たり的な作りかたはされていないと思う)、この物語の流れの中で、そういう一般的な感想を言わせる必要があるとはどうにも思えないのです。
あの身を切るような鋭い、残酷で、現実的でいびつな。だからこそ胸を打つ美しさ。そういう尖ったものが7巻で急に影を潜めてしまったような気がしたのは、このシーンがとても浮いて見えたからに他なりません。
ここまでこんなにも丁寧に、そこでそう言わせるのか、でも確かにそこにはそれしかないとしか思えないようなセリフを登場人物たちに言わせてきて、なのにここでいきなり、障害を負って間もない人に登場わずか数十ページで「歩けなくて何が悪い」と言わせてしまう。
これはちょっと、あまりに安易なのではないだろうか。
もしかしたら『リアル』はこのままこんなふうに、あっさりとしたエッジの丸い読み物になってしまうのだろうか。そんな危惧を感じました。そんなものはきっと、6年間『リアル』を読み続けてきた読者の誰も望んでいないと、声を大にして言いたいです。きっと私だけじゃないはず。誰にでも描けるような綺麗なお話が読みたいのなら『リアル』の1巻2巻で脱落しています。そうじゃなく、井上雄彦という作家を信頼して手に取り、その信頼が過去の栄光ではなくますます凄いものを描き続けていることを実感し、今までで一番凄いものを描こうとしている、その鬼気迫る迫力を一冊ごとに感じ取っているからこそ、私たち読者は安心して身を委ねているのです。だから、今まで通り痛々しく生々しい、井上雄彦の内にある本当の『リアル』を出して欲しい。手加減せずに出して欲しいです。誰もがそれを望んでいるし、全力で受け容れるでしょう。もっと読者を信頼して欲しい。
と、一読者である私は思いました。
連載は追いかけていないので今どういう展開になっているのかわかりませんが、また次の秋に出る8巻を楽しみにしています。

4088773527 リアル 7 (7) (ヤングジャンプコミックス)
井上 雄彦
集英社 2007-11-29

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井上 雄彦
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井上 雄彦
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井上 雄彦
集英社 2003-10-17

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408876143X リアル (1) (Young jump comics)
井上 雄彦
集英社 2002-09-18

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“井上雄彦『リアル』が7巻から急に面白くなくなった” への7件の返信

  1. すごく納得。7巻はかなりスラムダンクちっくでしたね。まあ作者もたまにはああいうの描きたいのかなーと思いました。バガボンドも割と内容揺れますしね。
    新人キャラはものすごい印象薄い上にキャラも久信とかぶるんですが、今まではまずキャラクターの背景を描いてからだったのに対し、今回はまずキャラを登場させようということなのかなー。これからメンバーとして参加していろいろストーリーをつむいでいく、ある意味で花道的な存在なのかな、と楽観視しております。
    まあ実際には、控えメンバーである程度運動能力ある奴入れないとストーリー的にマズい、という三井的役割なのが一番大きそうですが……。
    ちなみに私が最高に泣いたのは「ローテーション」であります。あづみかわいいよあずみ。

  2. >カイ士伝さん
    納得ありがとうございますー。よ、よかった。。かなり勇気のいるエントリだったので心強いです。
    新人キャラは久信とかぶる、そうなんですよ!その役割は高橋くんのはずだろう?と。だからもっと高橋くんのこと書かないと!と。
    そしてなるほど三井的役割、確かに。でもそれも高橋くんじゃだめだったのかなあ。早く高橋くんも楽しくバスケやってほしい。7巻のバスケ話ももちろん面白かったんですけどね。読み返すと元々1巻2巻のあたりはかなりバスケ的でしたし。
    >ちなみに私が最高に泣いたのは「ローテーション」
    あずみタソ。。歳をとるにつれ美しくなるタイプって。なんという設定資料。
    私は最高に泣いたのどこかなあ。。どこでスイッチ入るかわかんないんですよねあのマンガ。夏美ちゃんが長野でリハビリしてるところは、地味なシーンですが読むのを中断するほど泣きました。

  3. 高橋くんとタイガースっていうのは、ある意味で流川と花道のタッグとでもいうか、孫悟空とベジータのフュージョンとでもいうか、それ描いたときはクライマックスだ、っていう気がするんですよね。組んだら嬉しいけどそこがピークになっちゃって、その先の展開がもりあがらない、みたいな。それもあっての新人なのかなと思います。
    むしろリアルはバスケが題材だけどバスケマンガではない(と思ってるだけですが)ので、高橋くんには別の道を進んでもらうのもいいんじゃないかと思ってます。意外とろくろ回し始めたりするのが彼にはあってるのかもしれないし。

  4. >カイ士伝さん
    うん、確かに高橋くんがきたらクライマックスでしょうね(悟空とベジータのフュージョンww)。ただ、そこに至るまでに今から始めても2~3冊(=2~3年)かかりそうだし、さらに終わらせるほどの盛り上がりにはもう数冊(=数年)。。それでもう十分じゃないか、そうすれば物語全体としての濃さはハンパないんじゃないかと思うんですよね。
    むしろ今の展開がいかにもジャンプ的引き延ばしに見えて、この展開ほんとに作者が描きたいことなのかなあと疑問&不安になってきたり。
    >意外とろくろ回し始めたりするのが
    うん、合ってるかもしれないw ただバスケはお父さんとの絆でもあるようだから、やっぱバスケじゃないかなあ。ほんとの人生ならろくろもありだけど、この作品の登場人物としてはバスケで他と繋がってくれないと。

  5. あの「スラムダンク あれから10日後」が大判フォトブックで発売!

    マジで!!
    やっと手に入る!
    スラムダンク『あれから10日後-』完全版井上 雄彦フラワー 2009-04-10by G-Tools
    2009/4/10発売予定、だそうです。
    価格は2,100円。

  6. ぜんぜんここのブログ主さんとはかかわりのないとおりすがりで、ましてやまったくもって場違い、季節違いといいますか…1年以上も前のブログに感想を書くことお許しくださいw
    もう8巻まで出て、全部読み終わっての感想なのですけど、7巻、私は正直一番グっときました。209頁の左こま、小さい窓に「すーーと」息を吸って、次のぺージの声だし。予想範囲内にもかかわらず、涙腺が緩みました。個体差はあるのでしょうけど、この「リアル」という作品よく考えられているんじゃないかとも思うんです。「障害をもつ人の感情」、「人としての感情」は、他人が誰かの感情をはかることはできない。そこに薄さや、濃さという判断基準は「ない」ということをあえて伝えたいのじゃないかなって…勝手に思っています。なにもつらいつらい思い出ばかりが「人の障害・壁・リアルじゃない」ということも一理あるのじゃないかなと思っています。7巻の新キャラ、確かに薄い気がします。でもそう思うのは日ごろ私たち自身が誰かの人生を「評価してる」(自分も含め相対的に)という証拠ではないでしょうか?そこに「リアル」を追求してる部分が…あるんじゃないかな?なんて私は読み解いていますけど…
    と、僭越ながら書かせていただきます…2008年1月のブログにコメントってwww
    では失礼します。井上さん…なんやゆうてスゴイ。

  7. はじめまして。いえいえ全然遅くないですよ。コメントありがとうございます!すごく嬉しいです。
    なるほどなるほど、そういうふうに読まれたのですね。そういわれると確かに一理ある気がします。
    私としては、コメントを読んで改めて考えてみたのですが、7巻の彼を「キャラが薄い」と思うことと、「日頃誰かの人生を評価している」こととは、ちょっと違うのではないかと思いました。
    実際の人生の中で、実在の人に対して「あの人キャラ薄いよね」とか言ってしまうと確かに、無意識の場合が多そうですが上から目線的に評価を下してしまっていて、あまり良いことではないですよね(気を付けたいですね)。
    今回の『リアル』はあくまでフィクションで、作者が何かを伝えるために作り上げている作品なので、実際私は読んでいて一番ピンとこなかったので(それまでが凄かっただけに)、そう考えると作り込みが甘いんじゃないかな、と思ったのでした。
    でも、それも私の個人的な感じ方がそうだった、というだけなんですよね。なので”コメント遅いですか”さんのように「一番グッときた」と読むかたもいると知ることができて良かったです。本文とは逆の意見にも関わらず、丁寧に書いてくださってありがとうございました。
    うん、なんやゆうてほんとスゴイですよね井上さん。続きも楽しみですね。

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