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「本の雑誌」で〈吉野朔実劇場〉を連載中の吉野朔実さんが、ご病気のため4月20日にご逝去されました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
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吉野朔実が病気のため4月20日に逝去した。
吉野は2月19日、大阪府生まれ。1980年、ぶ~け(集英社)にて「ウツよりソウがよろしいの!」でデビューし、その後の代表作に「少年は荒野をめざす」「ジュリエットの卵」などがある。
近年の活動としては、2003年から2014年まで月刊IKKI(小学館)にて「period」を連載。4月28日に発売された月刊flowers6月号(小学館)には、読み切り「いつか緑の花束に」と、同誌の創刊15年を記念したインタビューが掲載された。また文学にも造詣が深く、本の雑誌(本の雑誌社)では本にまつわるエッセイマンガ「吉野朔実劇場」を連載中だった。
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2日夕方にオットからのメールで知り、しばらく呆然としてしまいました。
10代から20代への過渡期、思えば人生が一番つらかった時期に出会い、世界と人間の残酷さと美しさを、冷静で詩的な文章と端正で柔らかい絵柄で書き綴る数々の作品にどれだけの慰めと励ましをもらってきたことか。ここにはあまり書いてこなかったのですが、自分にとって特別な人でした。自分にとってというだけでなく、作家としてもこんな人は他にいないんじゃないだろうか。学者のような理知的で純粋な、冷徹でいて温かく、あんな表現ができる人は今までにもいなかった、少なくとも私は似た人を知らないし、これから先も現れないような気がします。稀有な人でした。失ってしまったのか…もう新しい作品は読めないのか、と思うと悲しい。
悲しいけれど、本当に、繰り返しになりますがどれだけの慰めと励ましを彼女の作品からもらったか。感謝の気持ちも言い尽くせないほどあります。日常に潜む暴力のこと、本を読んだり絵を描いたり、好きなことを淡々と積み重ねて過ごす静かな時間が確かな力になること、子供時代から脱却する人生の転換期に必要だった様々なピースを、彼女の作品からこんなにも多く受け取ってきていたことに改めて気づかされています。まだ気持ちの整理はつかないですが、吉野先生本当にありがとうございました。どうぞ安らかに、眠ってはいなさそうですね。きっと果てのない本棚の前で好きなだけ本を読みながら今後を過ごしていかれるのではないかと想像します。本当にありがとうございました。心よりご冥福をお祈りします。
好きすぎて、特別で当たり前すぎてあまりここにも書かないままでしたが、好きな作品を少しずつ書き留めておこうかと思います。
リアルタイムに読んだ最初の作品なので思い入れもひとしおです。「女に生まれて良かった、生まれてきて良かったと思いたい」という切実な思いと、「トカレフの代わり、お誕生日おめでとう」と大きなリボンのついたホイッスルを渡してくれるハルタの笑顔に何度号泣したか。
森依四月先生が「あなたはフェアで正直だ、そして自分の弱さを認める強さを持っている」と評する、ファミレスの店長さんのエピソードも好きです。
初期の緻密で端正な絵柄と、硬質でいて叙情的な語り、少女漫画の完成形のひとつだと思います。彼女の作品にたびたび出てくる健全で底抜けに明るいキャラ、小林くんが大好きです。きっと大人になったら『恋愛的瞬間』で「相手を残して自殺してしまう愛なんて俺は認めない、絶対に!」と言い切ったあの頼もしい人みたいなかんじに。
長きに渡った連載でしたが、静かに美しく、救いのある終わり方をしてくれてとても嬉しかった。長編はこれが最後になってしまったのですね。寂しいですが、吉野作品らしさが凝縮しているように思います。暴力と静寂、家族という呪い、抗うことと受け容れること、諦めるのとは違う選択。
これもちょっと特別に好きです。トリッキーでミステリアス、混乱と均衡。それでいてちょっと笑えるとぼけたところもあったり。「やまない雨はないのだ、たとえ今は私の上に降っているとしても」あの見開きがとても好きです。
昭和の小学生群像劇。これもとっても好きです。集団の中でそれぞれのキャラクターがどんな立ち位置を占めるか、わかりやすく楽しく描き出してくれていて、つい繰り返し読んでしまいます。賑やかな遠足の話で終わらず、不穏な話を最終回にもってくるのがまた吉野作品らしいのかも。
ぶーけコミックスワイド版ではカラーページが多かったのに、文庫版を買い足してみたらすべて白黒になっていてもったいなさすぎて悶絶しました。kindle版は文庫なのでたぶんカラーページがないんだろうな…あり得ない。「一つ目の夜の瞳のその中に」のあのページがカラーじゃないなんてあり得ない。この辺をぜひとも復刻完全版として出して欲しいです。
初期中期の長編もどれも粒揃いで面白いです。HAPPY AGEとか最初の連載と思えない安定感。
ヴェネツィアの話『La Maschera(ラ・マスケーラ)』も耽美で好きなんだけど、絶版でamazonでも現在在庫切れ。
このあたりの短編集もどれも秀逸です。
わあ、kindle版が出てる!カラーページもそのままかな?
膨大で縦横無尽な書評エッセイです。まだ単行本になっていない分があるので、きっと少ししたら出版されるんでしょうね。寂しいけど楽しみに待っていよう。
フラワーズ最新号に載っている短編が最後の作品になってしまったようですね。ここにはインタビューも載っているそうです。この号は、萩尾望都先生『ポーの一族』新作の報が載っているとのことで入手困難になってしまっています…。そのことも書こうと思っていたのにまさかこんな形で紹介することになるとは。
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関連あひる、今まで書いた分まとめ。
■July 23, 2013 吉野朔実とゆかいな仲間たちによる本好きエッセイ、吉野朔実劇場新刊『悪魔が本とやってくる』
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今回も相変わらず、本マニアたちの日常会話を隣で聞き耳立ててるようなかんじの内容で楽しかった。しかしこれもずいぶん長いのにぶれないなー。最近大規模な模様替えを計画しているのを機にますます電子書籍づいている私としては、持っている蔵書(マンガ)を片っ端からスキャンに出しているのですがこれを読むとうーん、やっぱりあの本やあの本はリアル書籍の状態で取っておこうかな…?と思っちゃいますね。
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■July 11, 2006 缶入り紅茶の思い出 ~吉野朔実『瞳子』
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『瞳子』好きです。状況と人物を鮮やかな言葉で繋ぐ、吉野朔実流健在。
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■November 01, 2010 本にまつわるエッセイ集、吉野朔実劇場の新刊『神様は本を読まない』
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こちらは、『本の雑誌』に不定期連載されている、吉野朔実の本にまつわるエッセイ集です。おすすめ本の紹介あり、本の装丁に対するこだわりあり、彼女の友人たち(これまた好奇心旺盛で面白い人たちばかりの様子)との小説の解釈についての激論あり、しみじみ語りあり。
思えば最初の『お父さんは時代小説が大好き』『お母さんは赤毛のアンが大好き』の頃には、ここで紹介されている本を読んでみたい!と思っても本屋さんに問い合わせて注文しないといけないのか…と、興味はあるものの結局躊躇してそのままになっている本ばかりだったものですが。
今はamazonがありますからね、タイトルや著者名で検索するだけで一発で見つかり、レビューがついていれば内容についてもある程度知ることが出来る。なんて便利な時代になったものでしょう。
という本に対するアプローチも、便利にはなったけれどある種の情緒は影を潜めてしまったのかもしれないな、と、この『吉野朔実劇場』で本に対するさまざまな感じ方や出会い方を読んでいると、何となく考えさせられたりもしてしまいます。
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■ February 02, 2009 吉野朔実 period 3巻、まだ続く物語
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哲学的で、示唆的で、寓話的。吉野朔実の作品を読む時はいつも色彩が薄れた迷路の中を歩くような気分です。他の作家さんではなかなか味わえない、完成された不安感。
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■March 21, 2009 友人に貸すマンガラインナップ
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『ジュリエットの卵』(美しい男女の双子の葛藤と自立。耽美な物語)も大好きだけど、吉野朔実らしさが凝縮されてるのは『ECCENTRICS』のほうかなと。
吉野朔実といえば『いたいけな瞳』(全8巻、珠玉の短編連載作品)と『少年は荒野をめざす』(全6巻、初期連載作品)が有名ですし、この2つも大好きなんだけど、ここ数年の彼女からしてみるとやはり”初期”ってかんじがするので、あえて最近っぽいものを集めてみた。初期も良いけど最近もますます凄みを増してるよ。
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・吉野朔実『ECCENTRICS』全4巻
哲学的で混乱するから余裕のある時にね☆?
(おまけの短編『カプートの別荘へおいで』のことは以前書きました。読み終わったらどぞ)
・吉野朔実『記憶の技法』全1巻
短いけど重いから余裕のある時にね☆?
最近ではこの人らしさが一番まとまっていて面白いかと。サスペンスというかサイコホラーというか。
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■December 23, 2008 吉野朔実『period』3巻、1月末発売らしい
■May 31, 2007 吉野朔実劇場、新刊が6月に!
■February 02, 2007 カプートの別荘へおいで
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「スーパースター」アインシュタインが息子に向けて書いた『カプートの別荘へおいで』という詩が、そのままタイトルになっています。淡々と静かな、深くざっくりと身を切るような物語です。弱っている時に読むと染みます。
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主人公が一人野原で、風に膨らむスカートのすそを追いかけるようにくるくると踊るラストシーンが、とてもとても好きです。映画のように動く映像として頭に焼きついています。
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