映画『ゲド戦記』に対し,原作者が公式にanger and disappointment.

もう大変です。大変な憤りと落胆を、自らのサイトで表明していらっしゃいます。
こちらの究極映像研究所さんが、いち早く要訳を載せて下さっています。
アーシュラ・K・ル=グウィンのジブリ映画化『ゲド戦記』への公式コメント(究極映像研究所)


こちらが原文です。
Ursula K. Le Guin: Gedo Senki, a First Response
究極映像研究所さんが訳していない部分を、少しだけですが私もがんばって訳してみます。間違ってたらごめんなさい、原文のニュアンスのほうを大事にして下さい。
原文は、「Written for my fans in Japan who are writing me about the movie(映画について私にメールをくれた、日本のファンのかたがたへ)」という書き出しです。め、メールを送った人がいらっしゃるのですね。
「The general rule is that once the contract is signed, the author of the books is nonexistent. (ひとたび契約書にサインをしてしまえば原作者は無視されてしまうのが常なので)
Don’t ask the book’s author “Why did they . . . ?” She is wondering too.(『どうしてこんな・・・』って原作者には訊かないで。作者も不思議です。)」

だっダメダメです!
冒頭からがっくりと諦めムードです。
詳しくはそれぞれのリンク先を読んで頂くとして、一番重要(痛い・・・)と思われる部分の、原文と究極映像研究所さんの訳を並べて掲載させて下さい。
(注:究極映像研究所さんが「公式にどこかで翻訳文が出たら、下記は削除します。」とおっしゃっているのに引用して申し訳ないのですが、ここはちょっと紹介させて頂きたいのです。問題があれば削除・差し替えいたします。)
「Both the American and the Japanese film-makers treated these books as mines for names and a few concepts, taking bits and pieces out of context, and replacing the story/ies with an entirely different plot, lacking in coherence and consistency. I wonder at the disrespect shown not only to the books but to their readers. 」
(アメリカと日本のフィルムメーカの両方が、これらの本を、コンテクストを離れた断片として、名前といくつかのコンセプトのために単なる鉱山(mines)として扱った。一貫性がなく、完全に異なるプロットとしてstory/iesを取り替えた。私は本だけではなく, 彼らの読者に示される軽蔑に驚く。)

(注:アメリカのTV版についてはこちら「TV版ゲドに作者の怒り:全訳」に詳しいです)
不安を感じつつも映画化を承諾し、期待もして下さっていた原作者のかたにこんなことを言わせるなんて、なんということでしょう。
これに関連して。
少し前に、私は宮崎吾郎氏のインタビューを読んで心底驚き、上での言及とまったく同じことについて考えてしまったことがあります。
「ゲド戦記」 宮崎吾朗監督(読売オンライン)
「ヒントになったのは、人づてに聞いた父の言葉だった。
 『シュナの旅』をやればいいんだ」。
 (中略)
 この話を骨にし、そこに『ゲド戦記』の要素を取り込むという方法で物語を組み立てていった。」
「(『映画・ゲド戦記』には)宮崎駿作品からの引用と思われるシーンが数多くある。」

『ゲド戦記』というタイトルを冠しながら、まったく別の作品を混ぜて作ったとは!
本当に、心の底から驚きました。
『シュナの旅』は宮崎駿が『ゲド戦記』からインスピレーションを得て作った物語かもしれませんが、それとこれとは全然話が別です。
ひどいひどいとは聞いていましたが、まさかこんな基本的なモラルすら守られていなかったとは。
普通、これだけの大作を映画化しようというのなら、できる限り原作に忠実に作ろうと、するものではないのですか。
またそれを、こういう公の場で堂々と発言してしまう、作り手としての意識の低さにも愕然としました。
これではもう本当に、アーシュラ・K・ル=グウィン氏が言及したとおりじゃないですか。原作を単にアイディアの山としか扱わず、原作自体もファンもないがしろにして。
これはもう、『ゲド戦記』のタイトルを掲げる資格はなかったのでは。『シュナの旅』なり何なり別のタイトルをつけて、登場人物の名前もすべて別につけ直し、サブタイトルか本タイトル表示後などに小さく『ゲド戦記に寄せて』と表記する程度にするべきだったのでは。
途中でそのような英断をすることもなく、一体、まったくの素人である宮崎吾郎氏を無理矢理に監督の座に据えて、プロデューサーの鈴木敏夫氏は何がしたかったのでしょうか。こんな顛末では、本当に単に”宮崎駿の息子”という話題性のみを欲していたとしか思えません。
以前にも取り上げた、「駿監督は息子にできるわけがないと言っている」などのあられもない、露悪趣味ともいえる発言を詳細に発表していることも、話題作りのためのショッキングな材料なのでしょうか。
吾郎氏も映画公開後にまで公の場で「監督はやりたくなかった」と発言するくらいなら何としてでも辞するなり、ましてや他の作品と混ぜてしまうなどというあり得ない方法を取る以外に何とかできなかったのでしょうか。
駿氏も、原作者に向かって突然怒鳴りだしてみたり「自分は一切関与しない」と放り出してしまうのではなく、まして「シュナをやればいいんだ」などという致命的な口出しでなく、何かできなかったのでしょうか。
誰か何とかできなかったのでしょうか。
こんな世界中に永く愛されている、偉大な物語をこんなことにしてしまうなんて。
本当に何ということなのでしょう。
ナウシカで、ラピュタで、トトロで国内外を深く感嘆させ、アニメという存在を一気に文化にまで押し上げたジブリの、誇りと責任の示し方がこれなのでしょうか。
私も原作ゲドに思い入れがあるわけではないのですが、”原作モノを別のメディアに移し替える”ことに関しては、しっかりやってほしいと常々願っています。
結局映画もこのまま観ずに終わりそうだし、原作もやっと2巻目に入るくらいの私なのであまり偉そうなことは言えないな、と書かずにいたのですが、これはちょっとあんまりです。
原作者のアーシュラ・K・ル=グウィン氏にあまりに申し訳なく(だからといってここに日本語で書いたって何にもならないのですが)、世界中の原作ファンのかたがたにも、日本人としてお詫びしたい気持ちでいっぱいです。
また、一ジブリファンとしても本当に悲しい出来事なので、長々となってしまいましたが、書かせていただきました。
これってハウルとか千と千尋みたいに輸出されてしまうのでしょうか・・・。
 *   *   *  *  *   *
今回映画化をきっかけに原作を初めて読んでみたのですが、とても素敵ですね。内面的で淡々とした、だけど心深くに触れるような語り口と内容。
そして、いつも翻訳物を読む時にはそうするのですが、原題を見てみました。『Tales from Earthsea』とある。全然『ゲド戦記』じゃない。ちょっと驚きました。
これと、また原作者の名前表記に関しても、究極映像研究所さんが書いておられます。
「僕は翻訳書のタイトルの『ゲド戦記』もこの本のテーマから考えると、大きな違和感を覚えます。あと作者名を「ル=グウィン」としか表記していない岩波書店の無神経さ。(中略)「発行者:山口」と苗字だけ表記された時の不快感を感じないのでしょうか、この出版社は。」
ル・グウィンって、そうか名字だけなんですね!そうかあ・・・。
タイトルの変更に関しては、言語が違うと何というか、目や耳に馴染む表現の仕方も異なってくるため思い切った意訳のようなものもやむを得ないのかもしれないな、とは思いますが、それにしても確かにこれは”名前”というものを非常に重要視している物語なんですよね。『映画・ゲド戦記』を観て「”戦記”なのにいつまでたっても『ロードオブザリング』のような一大合戦にならなかった」と肩すかしをくってしまった人もいたようですし。
原作ファンのかたがたはすでにそうしていらっしゃるようなので、私も今後は『アースシー』と呼ぶことにしようかしら。
原作者名の表記は確かに無礼以外の何物でもありませんね。岩波以外から出してくれないかなあ・・・。
**追記**
ゲド戦記Wikiに、直訳と意訳として2通りの全文訳が載せられていました。し、芝生で逆立ち・・・。
2ちゃん語訳はこちら(^△^)。ちょっと明るい気持ちになれます。


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“映画『ゲド戦記』に対し,原作者が公式にanger and disappointment.” への7件の返信

  1. 映画「ゲド戦記」への、作者アーシュラ・K・ル=グウィンのコメント

    巷で話題の、宮崎Jr監督作品「ゲド戦記」について。
    僕は未だ観ていないのだけど(おそらくDVDかTVまで待つことになる)、ついに作者自らがコメントを出したようだ。
    …ってこれはmixiの「ゲド戦記」のコミュで知った話。
    ★究極映像研究所★ってblogなんだけど、一応そ…

  2. 特別転載:(前編)『ゲド戦記』原作者による作品の感想

    ==== 『ゲド戦記』原作者アーシュラ・ル=グイン氏本人による感想(前編) ====
    '''非常に美しく、興奮できる、けれどもちぐはぐな作品'''
    {{{それでは、なんでもすぐに公になってしまう現状に乗っかって、この作品に関する私の第一印象のもう…

  3. [やめて] ワンダと巨像がハリウッドで映画化 [もうやめて]

    ええええええええええええ。
    ■【2ch】日刊スレッドガイド : ゲーム『ワンダと巨像』、ハリウッドで実写映画化決定
    シータがね?(ラピュタのですよ?)

  4. TB伝いに こちらの記事を読んで
    ええぇぇ?!と 思わず声にならない声を上げてしまいました。
    私自身、ゲド戦記は 中学時代に読んで
    もの凄く好きになった作品の一つなので。。。
    成長過程の あの時期に読んだということが
    私にとっては おそらく大きな意味があって。その時に感じ得た物語の中の 世界の広がりだったり、影と関わりや魔法使いたちの存在や生き様や…その諸々が 一つの壮大な素晴らしいイメージを生み出していて。
    その総てが揃ってこその『ゲド戦記』だと思うのです。…それは 当たり前のことだと思うのに。
    作り手としての 意識の低さに 驚くと同時に落胆してしまいました。映画は、結局見には行かなかったのですが、其れはそれで良かったのかも とも。

  5. 読んでくださってありがとうございます。
    時間が経って考えてみると、実際に、映画など、何かを製作・運営する会社・組織というのはたくさんの人が関わるものだから、綺麗事だけで済まされない部分もあるのでしょうけれど。
    特に原作に思い入れがある場合は、メディアミックスにはなかなか納得がいかないものですよね。私も結局、ゲド戦記もポニョも見ていないままです。

  6. 庵野秀明「できっこないよ!こんなの演れるわけないよ!!」その他ジブリ話あれこれ

    ■庵野秀明「できっこないよ!こんなの演れるわけないよ!!」 → 宮崎駿「演るなら早くしろ・・・でなければ帰れ」 : アドホックニュース21
    さっき初めて見てむちゃくちゃ笑った。 …

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