60年目の八月十五日

例えば自分の大好きな人。家族、友人。
もしもその人たち1人1人が具体的に戦場に送られることなったら。
ふとそう考えることがあります。


あの人が、あの人が、あの人が。
血まみれで、ボロボロになって。
銃を持って、人を撃ったり、撃たれたりする。
名前とか、どんなものが好きかとか、どんな風に笑うのかとか、
そういうこととは何の関係もなく。
恐怖と苦痛に晒され、何日も何ヶ月も何年も。
そんなのは絶対に嫌。
絶対に嫌。
誰もがそう思えば、戦争ってなくなるんじゃないのかしら。
戦争についていつも考えていることを、子供っぽくて恥ずかしいけれど書きました。

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12 Replies to “60年目の八月十五日”

  1. 戦争が終わってからまだ60年なんですよね。
    祖母と話していたり、年輩の人を見かけると、「この人たちは、あの時期を通り抜けてきた人なんだ」と、時々はっとします。
    祖父母には、時たま戦時中の話を聞いてきました。
    はじめて正面から話を聞いたのは、高校生のとき。
    それまで学校で習ったり、教科書や本で読んだ戦争よりも、当人たちが戦争を、非日常的だと感じていなかったらしいことが、とてもショックでした。
    (長くなっちゃうので、まえーに書いたとこにリンク貼ります。ここの8/15です。)
    http://www.kt.rim.or.jp/~yana/essay/wrtdwn8.html
    いつまで続くか分からない暗い空気、理不尽なことがいつ起こっても不思議ではない、という緊張感。
    最近は、外国で起きている戦争を見ていると、人が人を殺すこともそうだけれど、それが日常にあまりに近いと思ってしまう精神状態も、戦争の怖さだと感じます。

  2. >yanaさん
    リンク読みました。これyanaさんのblogにupしませんか?それかもしよければ、こちらに転記させて下さい。

  3. 過去の文章だし、blogに載せるのもアレなので・・・。
    あ、転記は全然問題なしです。
    なんか長々とコメントしちゃってスンマセン(今更・・・)。

  4. *特別追記*
    yanaさん転記承諾ありがとう。それではyanaさんの2002年8月15日の日記を、以下に抜粋・転記させて頂きますね。終戦記念日に放映されていた、第二次大戦に関するTV特集を見て、というお話です。
    「(前略)
     当時の映像も使われていたが、それほど衝撃的なものはなかった。
     だが、胸をえぐられるほど、つらい気持ちになった映像があった。
     これから攻撃に向かう海軍の若者たちの、にこにこと笑っている
     映像。なんの曇りもない笑顔は、どんな残虐な戦闘場面よりも
     ショッキングだ。
     私が戦争の話を聞くようになった小学生の頃、ただただ、「爆弾」や
     「空襲」が怖かった。話を聞いたり映画を観たりする中で、実際に
     人が死ぬことを想像し、頭の中が真っ暗になって、気が重くなった。
     でも今は、戦争の怖さというのは、たくさんの人を殺すことが
     「正しい」ことだと、多くの人が本心から信じてしまうということ
     だと感じている。自分が自分の持つ武器を使って人を殺すことが
     「間違った」ことだと思いつきもしないということの恐ろしさ。
     戦争のときの映像を見て、それを感じることが多くなった。
                               (後略)」

  5. yanaさんの日記を読ませていただいて、あらためて“戦争の怖さ”を痛感しました。
    私の祖父にはニ度の出征経験があります。
    若い頃から、あまり多くを語ろうとはしません。
    今は年齢のせいもあって記憶が薄らいでいるので、話を聞くことはできませんが。
    おそらく口にはできない過酷な経験をしたのだろうと思います。
    『出征した夫を待ちながら、幼い子供達を育てていくのもやっとなのに
    東京から大勢の親戚が疎開してきて、本当に大変だった。
    食料も足りなくて、頭を下げてまわり、ときには怒鳴られることもあった。
    みんな貧しく、つらい思いをしたあの頃に戻ってはいけない。』
    亡くなった祖母が、生前、母に何度も語った話です。
    60年たって、いまだ争いが絶えない世の中を祖母はどんな思いで空から見ているんだろう・・・。
    今回、いろいろと考える良い機会になったことをお二人に感謝します。

  6. >hinaさん
    嬉しいコメントをありがとうございます。
    そうか、疎開先で親族を世話する側のお話って今まで聞いたことがなかったけれど、そうですよね、大変ですよね…。hinaさんのおかがげでこちらこそ別の側面を知ることが出来ました。ありがとうございました。
    くりおねさんのblogで「新潟県民が原爆疎開をしていた」という事実も知ったし、今年はblogを通していろいろなことを知ることが出来た年でした。

  7. 61年目の八月十五日

    今年は二度も花火を見に行けました。写真は8/10せいせき多摩川の、最後のスターマインです。(手前には運営委員の方々のシルエット。ご苦労様でした)
    この時ちょっと、戦争のことを連想しました。

  8. 広島平和記念資料館の展示まとめ

    ううん本当だったのか。。
    広島の平和記念資料館の展示が、「広島市・広島市民がいかに戦争に協力的だったか」という内容になっているという噂を聞いたのですが、資料館ホームページでもその展示内容を見ることができるとのことなので見てみました。
    ■平和記念資料館を….

  9. 2008年の八月十五日

    なんと今日のこの日によりにもよって金曜日だというのに。
    節子(注:とある映画の登場人物の名前であってタイトルではありません)をやらないというのは快挙だと思います。
    オリンピックのおかげですね。

  10. 2009年の八月十五日

    少し前に見つけたものなので、目にした人も多いかもしれません。
    「2chの軍事板で「あなたのお爺さんの戦争体験」のスレが有って」というお話。
    ネタ元:clione clitiques(Thursday, August 6th 2009)
    以下に全文を引用しておきます。

  11. 「もし私たちが1930年代にタイムスリップしたとして、第二次世界大戦への参戦を防ぐことはできるのか」ー2010年の八月十五日

    先日たまたま何かを検索していて辿り着いたこちらの記事が、大変興味深かったので今日のこの日にメモ。
    ■やっぱり定額給付金は受け取らない。:おきらくたぬきの次のへそ
    だいぶ懐かしい話ですが、定額給付金について。
    かいつまんで説明すると、「定額給付金を評価しな….

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