寄生獣完全版「読者の問いかけに作者が答えた」が大変素晴らしい件

寄生獣―完全版 (1) (アフタヌーンKCDX (1664))寄生獣―完全版 (2) (アフタヌーンKCDX (1665))
「岩明均と村上春樹は似ている」のつづき的エントリ。
『寄生獣』完全版には、連載中にアフタヌーンに掲載されていた作者の言葉、「読者の問いかけに作者が答えた」という問答集が載っています。
これがまたものすごく面白いのです。作者岩明均氏の人となりが伺えて。
以下、1巻と2巻の中から、例としていくつか抜き出してみます。


■読者の問いかけに作者が答えた:vol.1(完全版1巻143p収録)
(人類の身勝手さ、傲慢さを憂う内容の問いかけに対して)

「多くの人が人類の未来を考えるのは結構なことだと思います。ただ、人間ひとりが全人類の幸せを願っても何もできません。せいぜい家族や隣近所の幸せ、自分とかかわりを持った人や動植物を思いやるくらいです。が、それで充分だと思います。人類を救うのは統計ではなく、個人の心の豊かさだと思うからです。」(岩明均氏)
(アフタヌーン’91年7月号より)


■読者の問いかけに作者が答えた:vol.2(完全版1巻244p収録)
(自然に対する人間の傲慢さ、「人工」と「自然」についてどう思うか、という問いかけに対して)

「『自然』という言葉には、いろんな解釈があると思います。狭い意味での『自然』なら『人工』の反対語でも間違いないと思いますよ。人間が守ろうとしている『自然』とは、まさにこの『狭い意味での自然』なわけです。自然を広い意味で考えるなら、もちろん人は自然の一部です。人という生物が傲慢になるのも、地球を汚し破壊するのも、すべて大自然のなりゆきというわけです。
 人間は、人間を基準に自然を守るのであり、また、それ以外にないと思います」(岩明均氏)
(アフタヌーン’91年12月号より)


■読者の問いかけに作者が答えた:vol.3,4(完全版2巻205-206p収録)
(新一が寄生生物に近くなっていってこわい、という問いかけに対して)

「人間らしさ=すばらしさだと私は信じています。この先、新一の心に多少の変化が起ころうとも、どうか最後まで見守って欲しいと思います」(岩明均氏)
(アフタヌーン’90年11月号より)


(面白い、がんばってください、というお便りに対して)

「夏はビールが飲みたい季節なのですが、アルコールが入るととたんに能率がおち、集中力がなくなってしまうので、仕事期間中は飲みません。このクソ暑い中、何週間も飲まずに仕事して、それが終わった時飲む最初の一杯のビールのうまさは、私にしかわかりません。ごくありふれた飲みものでこんなに幸せになれるなんて安上がりです」(岩明均氏)
(アフタヌーン’91年10月号より)


■読者の問いかけに作者が答えた:vol.5,6(完全版2巻278-279p収録)
(アメリカの大統領選に立候補するような寄生生物が登場したらおもしろいと思います、という問いかけに対して)

「湾岸戦争などを見ればわかるとおり、アメリカ大統領と言えば正義のために大量殺人を遂行するほどの存在です。大統領という身分そのものがすでにバケ物なわけですから大統領個人が人間だろうが妖怪だろうが寄生生物だろうが大して変化はないかもしれませんね」(岩明均氏)
(アフタヌーン’92年8月号より)


(素晴らしい。作者は天才。描き放題に突っ走っていただきたい、というお便りに対して)

「こうストレートに言われると、作者としては”そんなことありませんよ”と口では言いつつ、とても思い上がった気分になれます。編集の人はイヤかもしれないが、漫画家は読者の人にこう言わせたくてがんばる人も多いんじゃないでしょうか」(岩明均氏)
(アフタヌーン’92年10月号より)


 *  *  *  *  *  *
1巻2巻の中から抜粋して、こんなかんじです。こんなかんじの作者の言葉が、8巻までぎっしり詰まっているんです。
完全版とか新装版のためのこの手の企画、連載当時のなにかを収録!みたいなのって、個人的には今ひとつお得感がないものが多いです。
完全版・新装版が出るタイミングで新たに書き下ろした、当時を振り返っての裏話とかは面白く読めるんだけど。
でもこれは例外的に面白い。当時のものをそのまま載せているだけで十分に。
それってきっと、連載当時から作者の姿勢が一貫していて、完全版として何年も経った後に、さらにはその後の他の作品を読んだ時に読者として感じ取ることのできる作者のこだわり、考え方というものが、少しもぶれていないからなんじゃないかと思います。
だから雑誌掲載時のオマケ的じゃなく、完全版に収録して何年後に読み返すことにも耐える内容なんだと。
しかもこういう、毎月の読者のお便りに答えるみたいな、忙しい仕事の合間のともすれば流れ作業的になってしまいそうなものにまで、きちんとそういう、作者の真摯な人となり、作家としてのこだわりが宿っている。
そこにしびれざるをえない。のです。
これを読むと、村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチや、ハルキの他作品のタフさを彷彿とさせる、という私の感想をちょっとはわかってもらえるんじゃないかと思うんですが、いかがでしょう。
そういえば、こういう一問一答よりもっとまとまった形での作者あとがき、というのも『寄生獣』完全版最終巻に収録されていて(通常版最終巻と同じもの。浦上のナイフで怪我する話です)、そこには、「寄生獣第一話を書いた頃、世間では現在(連載終了時)ほど環境問題について騒がれてはいなかったので、現代文明への警鐘という雰囲気で始められたのだが、時代がエコブームになって世の大多数の人々が『愚かな人間どもよ』と言い始めると、今度は逆のことをしたくなってきた」というようなことが書かれていました。
この辺もハルキがスピーチに赴くことにしたのと同じ理由ですね。
(村上春樹エルサレム賞スピーチより一部抜粋)

【しかし、結局は、よく考えた末にここに来ることにしました。この決断のひとつの理由は、あまりにたくさんの人がここに来ないほうがいいとアドバイスして来たことです。多分、たくさんの他の小説家のように、私は言われたことの正反対をやりたがるのです。】訳:はんどー隊ブログ

(岩明均『寄生獣』あとがきより一部抜粋)

【ひねくれ者の私の周囲で多くの人々が『愚かな人間どもよ』を大合唱してくれたおかげで、(物語のラストについて)もう少し先へと考えを進めることができた気がする。」

かくしてあの素晴らしい「後藤さん」の最期に。
「勧善懲悪」でない、「正義の勝利」でない、さらには甘ったるい「ヒューマニズム」でもない、「せいぜい小さな家族を守る程度」の行動。
あれは本当に素晴らしかった。
そして、そのラストシーンと同じまなざしで、作者は91年の時点で読者に対して語りかけているんですよね(このエントリの一番最初に引用した部分です)(連載終了は95年2月)。
そういうことがわかるというのがまた、この完全版企画の嬉しいところです。
もうほんとこの作者の言葉を全部読むために完全版全8巻揃えるってすごくいいと思います。読んだし、とか通常版持ってるし、とか思っている人も。
もちろんうちにだって通常版が全巻初版であります(別に初版にこだわりがあるとかじゃなく、毎回発売を待ちわびつつ超速攻で買った、という意味です)。だが買った。
それにこういう画力のある作品は、少しでも大きな画で観ると迫力が違うのだ。
(あ、でもカラー原稿がそのまま再現されているので寄生獣さんがたのお食事シーンとかはけぽってかんじですので注意☆)
ああ前々から書きたかったことが書けて超すっきりした。
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『七夕の国』を褒めてみる
その他、岩明均寄生獣(blog内Google検索)

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  1. 脚本:岩明均、作画:中山昌亮による『ブラックジャック』が週刊少年チャンピオンで

    ■脚本:岩明均(寄生獣)、作画:中山昌亮(不安の種)による『ブラックジャック』が週刊少年チャンピオンで連載決定! : はちま起稿
    な、なんですって…!メモ。
    中山昌亮さんは存 …

  2. 寄生獣アニメが残念おれ右手しっぱい

    CGWORLDってオットくんがよく買ってくる雑誌ですが最新号が、
    キモ!!なにこれきんもー。
    OT「寄生獣好きなんじゃないのか」
    好きだけどこれはキモいだろ。わかってやってるだろ …

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