東日本大震災から11年、津波てんでんこの4つの意味

はしれ、上へ! つなみてんでんこ (ポプラ社の絵本) 大型本 – 2013/2/22 指田 和 (著), 伊藤 秀男 (イラスト)

リンク集を作っていたら、「津波てんでんこ」について気になる記事を見かけたので調べてまとめました。つらい内容が多くなりますので、閲覧にはどうぞ無理せず。

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まずは2018年の記事です。読んだのは半年くらい前だろうか。こんなにたくさんの命を助けた方でもこんなふうに苦悩を抱えてしまうとは…。

【あの日から7年】大津波から子供を守った”奇跡の保育所長” 「美談」の裏で抱えた苦悩

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こちらは2021年の記事。津波の映像や写真が多いのでご注意ください。
妻を亡くしたかたの「1064人亡くなった釜石のどこに奇跡があるの?」という吐露をはじめとした、当事者の皆さんの体験や、「釜石の奇跡」と呼ばれることへの抵抗、抱えてきた思いが綴られています。

本当は多くの犠牲があった「釜石の奇跡」…それでも「命てんでんこ」…3.11を生き延びた人々が抱え続ける“葛藤” | 国内 | ABEMA TIMES

ああリンク先のこの映像当時見た!(今はつらくて見返せないので、違うかもしれないけど)
旅館の裏山の斜面を、まさに津波に追いかけられながら駆け上がる人々と、上から早く早く!と叫ぶ声の映像です。この時、「てんでんこ」に反して足を止め、他の人たちが登るのを手伝って一瞬津波に飲まれた!方の言葉も紹介されていました。

自分だけ助かって後で後悔する自分と、私、実は2つあった、あの時…。後悔しない自分を選んだ。見て黙っているんじゃなくて、後悔しない自分を考えた。『命てんでんこ』ってわかっていてもそうはできない。『命てんでんこ』の教えが後から出てくると思う」

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こちらは2020年の記事。
えっ!?津波てんでんこを7割が知らない!?しかも薄情だと批判されている!?と衝撃を受けました。上の記事のように、当事者の方々が葛藤するのはよくわかります。本当に難しい問題だと思う。だけど薄情だとか利己的だなんて…だからこそじゃないか。だからこそこういう言い伝えが残ってるんだし、だからこそ苦しんでるんじゃないか。

広がる、誤った印象。再確認すべき「津波てんでんこ」本来の意味 – ページ 2 / 2 – まぐまぐニュース!

上の記事で引用されている、東洋大の調査についての記事(おそらく2016年10月)。ところどころリンク切れになっていますが、動画での解説は見れました。

【メディア掲載:毎日新聞】「てんでんこ」7割知らず 「薄情」と感じる人も_及川康准教授(理工学部都市環境デザイン学科) | 東洋大学

リンク先の動画によると、「全国のネット調査会社に登録している767人を対象にした」調査結果、とのことです。800人弱が母数なら十分な数と考えられるのかもしれないけれど、年代とか、居住地とか、普段どんなメディアに接しているかとかによってだいぶ結果が変わりそうだけどなあ…そんなこと言い出したらキリがないのかもしれないけど。ただ個人的には、「てんでんこ」を知らない人が3割、の方が納得できると思いました。だって11年経った今の調査ならまだしも、2016年、まだ震災から5年の時点でのことだし。
こだわりすぎか…?

そうですね、知らないことそのものよりも、「意味を説明してもなおネガティブな反応をした人」の割合こそ知りたいところです。
また、意味をどこからどのように説明したのか、も気になる。

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頭の中でぶつぶつ気にしていてもしょうがないので、改めて調べて載せておくことにしました。
「てんでんこ」の4つの意味について。

2018年10月
『津波てんでんこ』を釜石での実例から学ぶ、本当の意味を知らずに道徳批判してはいけない 地震対策のおまとめブログ

2021年7月
「てんでんこ」とは何か?共倒れせずに未来へ命をつなぐための言葉  | 防災新聞

上の記事を元にさせていただいて、わかりやすくまとめました。

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「津波てんでんこ」の4つの意味

1つめは、自助の重要性
誰かが助けてくれるだろうとは思わずに、自分の命は自分で守る。

2つめは、他者の避難行動の促進
自分が率先して避難することで、その姿を見た人々が危機感を持ち、結果的に他者の避難につながる。

3つめは、相手もきっと逃げているという相互信頼
津波がくるいよいよその時、家族や友人など大切な人もまた、自分と同じように避難するであろうという、お互いの信頼関係。それがあるからこそ自分も1人で逃げることができる。
そのためには、大きな災害がおきる前から、家族で避難先について話し合っておくことが大切(相互信頼の事前醸成)。

4つめは、生存者の自責感の軽減
津波てんでんこと約束しておくことで、生存者の、なぜ自分だけが生き残ってしまったのかという自責の念や罪悪感を低減でき得るという期待。
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1から3は、相互に輪をえがいて影響し合っているように思います。見事につながっている。
3つの強固さに比べると、4はあくまで淡い期待ベースのような気がします。どうしたって、大事な人を亡くしたら後悔せずにはいられないです。それを少しでも、軽くできないか、早く癒せないか、という、祈りのようなものかもしれない。

海原純子先生の回答を読んだら、あるいは少しでも軽くなるでしょうか。もう一度載せておきます。

2017-03-11 3.11東日本大震災から6年、高さ16.7mの津波を銀座の真ん中で視覚化したヤフーの広告、祖母を亡くした女子学生への海原純子先生の熱い回答

(全文はこちら:「祖母を置いて自分だけ逃げた」と自分を責める女子大生へ。心療内科の先生からの回答が心に響く。 | いいね!ニュース


気品があって優しい祖母は私の憧れでした。
でもその最期は、体育館で魚市場の魚のように転がされ、人間としての尊厳などどこにもない姿だったのです。


お手紙を読みながら涙が止まらなくなりました。
こんなに重い苦しみの中でどんなに辛い毎日かと思うとたまりません。
ただあなたは祖母を見殺しにされたと思っていらっしゃいますが、私にはそうとは思えません。

おばあさまはご自分の意志であなたを1人で行かせたのです。
一緒に逃げたら2人とも助からないかもしれない、でもあなた一人なら絶対に助かる。
そう判断したからこそ、あなたの背中に乗ることを頑として拒否したのでしょう。

おばあさまは瞬時の判断力をお持ちでした。
その判断力は正しく、あなたは生き抜いた。
おばあさまの意志の反映です。
人はどんな姿になろうとも外見で尊厳が損なわれることは決してありません。
たとえ体育館で転がされるように横たわっていても、おばあさまは凛とした誇りを持って生を全うしたと思います。

おばあさまの素晴らしさはあなたの中に受け継がれていることを忘れないで下さい。

おばあさまが生きていたらかけたい言葉、してあげたいことを、周りに居る人たちにかけたり、してあげて下さい。

そのようにして生き抜くことが憧れだったおばあさまの心を生かす道に思えます。

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