トーマからジェルミへ ~『残酷な神が支配する』

またマンガのこと書きます。すいませんちょー書きます。
以前書いた「魅力的な小学生マンガとは」という記事に、いしたにさんがまた新たにトラバを下さいました。
日本全国・見たいもんはみたいぞの会『小学生を対象としない小学生マンガはどこからきたのか?』
これを読んで、また書きたいことができてしまったのです。
まずは『トーマの心臓』について。(若干のネタバレも含みます)


トーマ少年が自ら死を選ぶ場面から始まる、あまりに有名な萩尾望都の赤毛モノ(欧米の少年少女を登場人物に据えた耽美なマンガ by青木光恵)です。
自殺の動機が、ある人物を苦しみから救うため、その人に「生きてほしい・前を向いてほしい」と伝えるためだったということが最後のほうで明かされるわけですが。
初めて読んだ高校生の頃、トーマ少年が“人を救うため”の手段として「自殺」を選んだことが、かなり衝撃的でした。
自分につらいことがあってそこから逃れるため、追いつめられた故の悲壮な自己破壊ではなく、他人のために身を挺する、自己犠牲の精神なのです。
当時はいたく感銘を受けましたしその気持ちは今も変わりませんが、もちろんだからといって自殺を肯定するものではありません。
何かあったんじゃないか。死なずに伝える方法が、どこかに。
久々に『トーマの心臓』についてそう考えた時思い出したのが、同じく萩尾望都『残酷な神が支配する』です。

『トーマ』での”自殺”という手段の部分を変え、“生きて、誰かを救おう”とさせたのが『残酷な神』なのかもしれないなあ、と思い至りました。
や、こんな時代だからもうとっくにたくさんのヒトが思いついてwebに載せてるような気もしますが。
いしたにさんの言葉を引用させて頂くと、
>人生における過剰に濃密な時間があり、それがその後の人生を決めてしまうことがあり、
(中略)
>人生における過剰に濃密な時間を描くとはどういうことなのでしょうか。自分はどこからきたのかということに対する回答への手法の一歩であり、現在の自分が生きていくためにある種のものからはきっちり決別する必要があることを訴えているとも言えます。
「その後の人生を決めてしまう」ような出来事に遭遇し、理不尽な暴力によってあらゆる方向から蹂躙されてしまう主人公の少年ジェルミ。序盤のその暴力の描写は読み返すのに躊躇するほどですが、すべてを知ったある人物が、ジェルミを救おうと痛々しいほどの奮闘を始めます。
まさしく「お前が生きていくためにきっちり決別する必要があるんだ」と言わんばかりに、序盤の目を覆いたくなるような暴力について敢えて話し合ったり、当時の日記や証拠物件まで出してきて記憶の補完をしようとしたり。
手探りのカウンセリングです。その過程が克明に描かれているのです。
本当に痛々しい、毒々しい、美しい作品です。
 *  *  *  *  *
マンガとしての表現方法にも、引き込まれるものがありました。
過去の数々の暴力の現場に2人揃って次々と立ち合ったり(映画『エターナルサンシャイン』の過去の記憶の中に迷い込んだ場面のように)、
動揺した時には身体が頭の先から細かいブロック片になって、バラバラと飛散しそうになったり(それが、心配した人がふと肩に手を置いたことで修復されたり)。
このように、精神的な作用をとても印象的に視覚化してくれています。演劇が好きな人はハマるんじゃないかな、何となく。
ああやっぱり萩尾望都はすごい。モトちゃんはすごいなあ。
最後のほうで、サブキャラの女性が支配的な母親から独立するくだりをフキダシ1つでぺっとあっさり言っちゃったあたりも度肝抜かれました。
「で、カレがママと戦って勝って」ってえーーーー!?戦ったのあのママと!?そいで勝ったの!?えええーーーーΣ(((゚Д゚||;)))
恋人が支配的な親と戦い、勝って私を高い塔の上から連れ出してくれる…ラプンツェル幻想です。女子の憧れです。これで軽く10巻くらい描けるんじゃないですか先生!
それをフキダシ1コ……。
『イグアナの娘』で回避された娘と母親との闘いが、『残酷な神』では水面下で繰り広げられていたようです。
モトちゃんはああすごいなあ。
『残酷な神が支配する』、本当に痛々しい話ですが、痛い思いの価値はあると思います。機会があればぜひ。
*関連あひる記事*
やはりいしたにさんが触れてらした映画クレヨンしんちゃん『オトナ帝国の逆襲』について。これはもうモロ大人へのメッセージですよね。
志村貴子『放浪息子』を読んでの感想。ここでもモトちゃんに触れてますね。
上の記事に関連して、「若い女でいることが、なぜだかとてもしんどかった」お話(記事の最後のほう)
ここで「男の人はどうなのかな?」とちらっと書いていましたが、そのひとつの答えが『放浪息子』に書かれていました。男の子のように振る舞う女の子と、スカートをはきたがる男の子。好奇の目で見られるのはどちらか、高槻さんがそこに気づく場面が一番ぐっときました。


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“トーマからジェルミへ ~『残酷な神が支配する』” への7件の返信

  1. 質問!
    ・村上春樹の初期作品には基本的に他者は存在しない、もしくは他者とのコミュニケーションが希薄
    ・井戸に降りていくモチーフが良く使われている
    の二点に何か思うところありますか?

  2. >SWさん
    うお、なんという鋭利でまばゆい質問をするのですか。
    思うところ、あります。ハルキを読んでいて、まさしく感じてきた2点です。すごいコメントをありがとうございます。腕が鳴ります。
    記事として立てようかとも思ったのですが、う~んあまりに自分の内面に触れるのでそれも野暮かも。このコメント欄に留めようかと思います。ていうかコメント長いよ!ってことになること請け合い。管理人権限で文字数制限数倍overです。
    (以下、追記していきます)

  3. Q1:村上春樹の初期作品には基本的に他者は存在しない、もしくは他者とのコミュニケーションが希薄
    A:そんなことないと思っています。
    でも19歳で初めて読んだ『ノルウェイの森』の時には私もそう思いました。主人公が内にこもっていて何考えてるかさっぱりわからん。直子直子言ってたと思ったら「僕はミドリを愛していたのだ。」ってハァ!?(激怒)と思ってしまいました。
    数年後に読み返してみて、主人公が細やかに喜怒哀楽していることに気づき、完全に作品を見る眼が変わりました。
    ハルキ作品の「僕」たちはさびしんぼで人の集まるところにいたいんだと思う。それでみんなが集まって楽しそうに騒いでいるのをちょっと離れたところに座ってにこっとしながら見ている。たまに誰かが話しかけてくれたら嬉しくて気の利いたことを言ってみる。でも理解されなくて、相手は首を傾げて喧噪の中に戻っていく。それは寂しいことだけど、立って中に入っていくことはしない。ちょっと離れたところに座って眺めている。
    初期の作品は何だかそんな感じがします。
    中期(ダンスダンスやねじまきでしょうか)は、動きますね。井戸に降りたり。

  4. Q2: 井戸に降りていくモチーフが良く使われている
    A:使われていますねえ!
    私も春樹の井戸に落ちたことがあります。
    『ねじまき』を読んでいた時、ものすごく混乱した気持ちになって誰ともひと言も口を聞けなくなったことがあります。22くらいの時で、期間としてはたった数日だったのですがほとんど自室から一歩も出られなくなり、ベッドの上に座り込んで、カーテンを閉めた部屋の天上辺りをぼんやりと眺めながら、何か考えたり、考えなかったりしていました。
    あとで思い出してみると、あの時私は井戸の底にいたのです。
    井戸に降りるというのは、自分の外に出ることなのでしょうか。

  5. あれ?っていうか、何を炙り出すための問いだったのか。。。えーっと。
    あ、分かった。
    元エントリって自己と他者の物語、あるいはその辺に浮遊する救い、なんですよね。
    で、村上さんの主人公は基本的に、立ち止まるか井戸に降りていくかどっちかをしてない?と思うわけです。初期は立ち止まり。ダンスは見ている。ノルウェイはコミュニケーションの限界に辿り着く。ねじまきで井戸に降りて出てくる。ちなみに、明確な悪が描かれるようになるのはねじまき。文体も厚みを増して世界を描くようになる。
    カフカになると悪から倫理と禁忌というところにも行く。狭い意味では村上龍の世界と近くなる。
    (続く)

  6. (続き)
    ・・・と読んでいくと、井戸(これは間違いなく自分自身のメタファーでしょう)から離れてないんですよね。羊とカフカの不思議な空間とかはおそらく繋がっている。世界の終りともおそらく繋がった何かはあるはず(カフカの物語構造全般は彼の作品群の中では世界の終り⇒ねじまき鳥と続く系譜となる)。
    というところで、村上作品とはベクトルの向きというか構造が全然違う。他者との濃密なコミュニケーションとはならない。というくらいの話でした。

  7. >SWさん
    おお、まとめて下さってありがとうございます。そうですね確かに。他者との濃密なコミュニケーションとはならない。そうかも。
    『ねじまき』でいえば物語が終わった後のクミコと、ジェルミと○○のようなやりとりを繰り広げることになるのかもしれないですね。
    >ノルウェイはコミュニケーションの限界に辿り着く。
    本当にねえ、哀しいですよね。

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