映画『寄生獣』観てきちゃった。いろいろ惜しかった。いや、やっぱダメだったかも?


新年、そして出産報告後ほぼ一発目にこれ?っていう色々と濃いものを持ってきてしまいました。12月下旬からちょいちょい書き溜めたらかつてない長さとうざさになってますけどアップしちゃうわよ?☆(よしとけ)

いや私の友人がね?(コロンボかい)(ちなみにジュリーがどこからやってきたのかを知っている友人です)普段メールのやりとりなのに久しぶりにいきなり電話をかけてきて、それもたぶん映画館出てすぐみたいなざわつきの中「いやなかなか良かったよ!少なくとも私は良いと思ったよ」と言うので、じゃあ観ておこうかなあと。

友人「まず新一役の染谷くんが良かったよ、彼はできる子よ?」

あれかきみ前にも「私から中居くんに教えられることは何もないね」とか言ってたな。
さらに、

友人「染谷くんはね、今若手俳優の中でも特に岡田くんが目をかけている子でね?
(脚注:友人は20年くらい前から岡田准一くんのことが大好きです)

そこか。

友人「結局そこに落ち着くのかっていう」

自分でつっこんだね。

友人「やっぱ岡田くんさすがだわと」

うんあれだね、褒め方も昔に比べて年齢を感じさせるようになってきたもんだね。昔はかわいいかっこいいだったのに、今や後進を育てる指導力とか、

友人「若手の才能を見抜く目とかをね」

うんうん。
で、寄生獣の話をしろと。すいません。そんなわけで観に行ってきたんですが、うん、まあ、そうですね、最初は「いろいろ不備な点はあったけど概ね悪くなかったかも?」と思ったけどこうして記事に書いてみるとやっぱダメかも?おや?
アニメ版のことはけちょんけちょんに言っちゃいましたが、映画版を観てみるとアニメ版の方がまだ原作に近いかも。アニメ版と映画版の良いとこ取ってもっかい誰か映像化してくれないかなと思ったり。ていうかそれ原作じゃん。やっぱ原作読むのが一番じゃん?とか思ったり。

以下、いろいろネタバレしまくるしすんごい長いし、原作丸暗記前提ですのでご注意ください。


最初に感想の要点をまとめると、

・母親に寄生したパラサイトが、火傷の手を無意識にかざすんじゃなくて母親の顔に戻って「新一」とか話しかけちゃっててそれやったらダメだろと思った。

・無駄な残虐描写が多すぎた。

・新一の言葉遣いが乱暴。

この点は大きく残念だなと思いました。他にも細かく色々あるけど、ここは特にちょっとどうかと。

以下、詳しくつれづれに書いてっちゃいますと。
映画版って、セリフや登場人物、物事の流れを原作からかなり編集しています。まずびっくり、新一くん母子家庭。お父さんいない!パンフレットを読んだら、映画寄生獣のテーマは「母親とは何か」なのでそこを強調するために母子家庭にしたと。ふうん…。

それから田宮良子が母親に正体を見破られるところ、あそこでも原作では母親だけなのに父親も一緒に娘を訪ねてきて、母親は「これは良子じゃないわ!」って言ってるのに父親は「えっ??」て全然気づいてない、というふうになってました。お父さんかわいそす。お父さん色々かわいそす。母親と子供の間の密な関係性というのは確かにまああるんだろうけど、それを表現するために父親を落とさなくてもいいじゃないか。とちょっと思いました。

なんか、映画とか原作との違いとはまた別の話になっちゃいますけど、そうやって母親だけを特別視するのって、持ち上げているようでいて、女性だけに責任やしんどいことまで全部おっかぶせて男性が楽して逃げてるだけのように思えてならないんですよね最近、その手の母性神話みたいなものって。んむー。冒頭の友人も全然別の話の時に言ってたけど、そういうのにまた無意識なのか女性まで加担している場合もあるから尚更たちが悪い。と思う。まあね、母親業大変だから特別に価値のあることだと思いたいんですよね、自分のやってることが。あと夫のいたらなさに(以下略)業を煮やしすぎて母性を持ち上げることで自分を保たないとやってられなくなったりね(どこも略してないがね)。

んー戻ってこい。鎮まれ!俺のウーマン魂。くっ、みんな逃げろ!(とっくに逃げてる)
なので、そうですね、映画寄生獣のテーマは「母親とは何か」だ、って言い切られちゃった時点で、私が持っている原作のイメージとはかなり違った道に逸れちゃったなと。原作はだって、母親限定じゃないですよね。そういう描写もあるけれど、それだけじゃない。もっと生き物としての、どちらかというと「小さな家族を守る程度の」って役割としては父親なんじゃないのかな?家族を守るために武器を持って戦う、っていうのは。いや私だって戦いますけどね?ベープとか持って、蚊と(いきなり卑近な例)。

えーっとまあどんどん長くなるのでそこはともかくとして、観て即一番ダメだなと思った改変部分。それは新一と寄生された「母親」との対決シーンで、火傷の跡を見て新一がフリーズするとこ。原作でも序盤の大盛り上がりの場面です。

原作では「母親」が単に新一の攻撃を避けるために手をかざして、そこに火傷の跡があるから新一がつい止まってしまう、んですけど、映画ではお母さんの顔に戻って「新一やめて、お母さんよ?」とか話しかけちゃうの。それで染谷くんが呆然としちゃうの。あれじゃあ母親に寄生しているパラサイトが人間の心理をすんごく理解して利用したことになってしまうじゃない。それ後半で田村玲子がやるじゃない、しかももっとずっと真摯な動機で。それをこんなとこでチラ出しって。そこはすんごくダメなんじゃないかと思いました。

けど意外、その直後の、母親役の女優さんのインタビューで原作ファンに物議を醸した「寄生されながらも一片の愛情を残しちゃってる」部分、そこはそれなりに悪くなかったかも。母の手が勝手に動いてパラサイトの触手を止め、パラサイトがえっ?となる、っていうシーンになってたんですけど、うん、そんなにダメな感じはしなかった。
そのシーンの前に、田宮良子がお腹の子供に関して、おそらく自分の正体を見抜いた母親のことを思い出しながら「母親になったら何か特殊な能力が芽生えるのか、私はそれが知りたい」と語っていたりして(ちなみに原作にはここまであからさまなセリフと場面は無いです)、そこともリンクするので、少なくともこの映画のストーリー上ではすんなり見れました。

でも原作のまま、ちゃんと手をかざしてほしかったなー。
あとお母さんの火傷のエピソード、新一が言葉で説明するだけじゃなくてちゃんと映像作ってほしかったなー。せめて揚げ物鍋を掴む手のカットだけでも。
それから宇田さんとジョーの存在もまるまるカットなので、「母」に留めさすの新一なんですよ。私あそこの宇田さんの「やっぱり君がやっちゃいけない気がする」っていうセリフ好きだったのにな。宇田さん情けなそうに見えても、まだ高校生の新一をかばって大人としてちゃんと振る舞っているなあと。そういう描き方をする岩明先生の価値観が本当に好きであるなあと。思っていたので新一くんがとどめかー、ってちょっと残念でした。まあ短くまとめるためには仕方ないのかな。いやそもそも短くまとめること自体に無理がある。原作完璧すぎるから。

他にも、セリフの変更はかなり多かったです。というか原作通りのものは少なかった。語尾とか。新一くんがなんか言葉遣い乱暴でチャラ男なの。「~~じゃねえよ」とか「ふざけんなよ」とか「~~なんですけどー?」とか言ってるの。新一が言葉を乱すのは寄生された母親が鍵を開けて入ってきた時ミギーに対してキレるのと(ここの染谷くんの演技は非常に良かったです)、里美ちゃんに「きみ、本当に泉くん…?」って言い募られて「うるせえな!!」と叫ぶ時だけで(ここはアニメ版がなかなか良かったです。うるせえなじゃなくてうるせえー!!になってたけど)、だからこそインパクトがあるんだけどな。映画版の新一や里美ちゃんのセリフは、原作のままだとわざとらしすぎる部分もあるだろうし(ギョエー塚原卜伝!とか)、今時の高校生らしい自然なやりとりに変わっているところも多くてそこら辺は良かったのですが、それにしても全体的に言葉遣い崩しすぎに思えました。今時の、というか若い男の子ってみんなあんな乱暴なしゃべりかたするの?そんなことないと思うんだけど。

言葉遣いだけじゃなく、島田にとどめを刺す時も「じゃあな島田」と単に憎々しげなだけの、原作にはまったくないセリフとニュアンスになっていたのも残念だった。原作の、自分たち(新一とミギー)にも責任がある、と島田にとどめを刺す決意をし、「お前ら一体何のために生まれてきたんだ…?」という問いかけがあるからこそのあの屋上からの大遠投なのに。私怨や義憤でない、粛々とした動機だからこそ荘厳さを感じさせる、見せ場の多いあの物語の中でもかなり印象の強いシーンとなっているのに。
映画では音楽は盛り上がってて厳粛な雰囲気を出そうとはしていたようですが、屋上へ向かう染谷くんがぞんざいな様子で通りかかった鉄パイプを竹槍のようにカットして持っていったり、原作では単に石を投げるところがわざわざ弓になっちゃってるのも(ミギーが弓の形に変形して、鉄パイプを矢のようにつがえて放つ)、ミギーが単に新一の道具になっているようでちょっとな。評判のいまいちな新装版コミックスの帯で、諫山創さんが「必殺技の名前を叫ぶわけでもなく石で敵を倒した新一かっこいい」みたいなコメントを寄せていて改めてそういえばそうだな、すごくシンプルだな、と思いましたが弓かー。弓ねえ。うーん。
島田の騒動を自分たちにも責任がある、と新一が言い出した時のミギーの「また妙なこと言い出す…」というセリフや、石を投げる時の「今の君のパワーにそのまま私の力を乗せることができれば」、というあたりも、二人の対等さや、理解しきれないなりにも協力しあっている感じが出ていて、そこが『寄生獣』らしさかなと。もうほんと原作褒め始めたらキリがないですんでね。ね?(誰に同意?)

「犬の形をした肉だ」の後の里美ちゃんのセリフまでの間は映画の方が良かったです。アニメ版は間が少なすぎた。ただ、アニメ版ではその後ちゃんと木の根元に埋め直してるんだけど(でも原作の子供からスコップを借りたり、この樹がお墓の代わりになるんだよとかいう場面は無くされてて残念)(もうとにかく原作完璧だからそのまんま作ってほしかったんだってばよ)、映画版ではなんと埋め直し無し!えっどうすんの!?「命は…命はこの樹に…!」ってあれ無し!?うそおんマジで。それとも回想シーンで埋め直したことにするのかな。って思うくらいあそこ印象深い場面だと思うんだけど。

それから、「無駄な残虐描写が多すぎた」という話。
いや寄生獣もともとグロいから仕方ないだろとかそういうことではなく、無駄に。原作のグロさって、パラサイトの特性が人間を捕食することなんだから避けては通れないし、徹底した観察者目線で淡々と起こったことを描写していたらあらあら細切れ死体が映り込んじゃった的な、ある種乾いた感じというか、わざとじゃない、奇をてらうためではない描写、だと思うのです。あるいは岩明先生死体の絵が上手すぎていっそグロさを通り越して生き物として感じる根源的な畏怖の念にまでいっちゃうっていうか。

一方映画の方には、わざとショッキングなものを見せつけようとする作為を感じました。たとえば島田秀雄が暴走する時、クラスメイトの女の子がわざわざ里美ちゃんにすがりついた状態で胴体まっぷたつにされて、上半身だけ里美ちゃんの腕の中に残って下半身だけばたーんと倒れちゃって里美ちゃん役の橋本愛ちゃんギャーー!!みたいな。良い叫び方だったけど(ラピュタのシータしかり、ヒロインの重要ポイントは叫び方に体重乗ってるかどうかだと思ってる)でもあそこまでの残虐描写必要?
あと、新一の母親を乗っ取ったパラサイトが、買い物袋に母親の頭入れて持ち歩いてるの!ドン引き。ドン引きよ。なんのためよあの描写。いえ、映画の中ではパラサイトはすでにかなり組織立って行動しているという設定だったので証拠を隠すために切り取った首を現場に放置せず持ち歩いていたのだ、とか言いたいのかもしれないけど、趣味が悪いとしか言いようがない。少なくとも原作とは文化が違う。と思う。

んーなんか、悪くないと思ったはずなのにこうして書いてみるとやっぱりダメだったんじゃないか?特に新一の言葉遣いが、時間が経つほど気になってきた。たとえば原作を知らない人が、あひるさんが前に大好きだって力説してたなーって映画『寄生獣』を観た時に、えっあひるさんこれがそんなに好きなの?そこまで??って思われるんじゃないかなーと思う。何か、軽い印象を与える気がする。あの言葉遣い。作品の品位を下げてたと思うな、あれは。

それに比べるとアニメ版の方がセリフが概ね原作通りなので、まだアニメ版を観てもらった方が私の好き感は伝わる気がする。「原作を知らない人にどちらを勧めるか」って言ったら、原作ですよねやっぱ(真顔)。原作読みなよ。原作読んでそこまで言われるほどの作品なの?ピンとこなかったなあって言われたら仕方ない、お友だち終了だよ(えっ)。

アニメもねえ、前にも書きましたがセリフを微妙に付け足してるのが何とももにょもにょします。「奴を……!」のあとに殺してやる、とか、「君が間違いなく泉新一くんだってこと……」のあとに信じられるのに、とか。無粋にも。
一期の最後、加奈ちゃんの回も概ね悪くはなかったのですが、「なんでそんなすぐに寝る!!」っていう新一のセリフがわたくし大好きなんですけれどもね(なんでだよ)、寄生獣の中だけでなく過去に読んだ漫画という漫画の中でも心に残る名台詞に選びたいくらい好きなんですけれども(なんでだよ)(ちなみに「お前誰だァ!お前誰だァ!」も当然ランクインです)、それがアニメでは「なんでそんなにすぐに寝る!」にされてたの。原作は「そんな」なのに、「そんなに」になってた。なんでそこに「に」を足したの?足さなくても良くない?足しても意味は変わらないけど、言葉のリズムは崩れるじゃない?言葉のリズム大事じゃない?そういうてにをはひとつの選び方がセンスというものだと思うの。それを勝手に変えるってどうかと思うの。そもそも「そんなに」にしたら「すぐに寝る」の「に」と「に」がかぶるじゃん。他人のてにをは勝手にいじる、に関しては大昔の高校の卒業文集の編集作業で大揉めに揉めたこともあるのでこうるさいあひるちゃんなんですがそれをここに書き始めるとさすがにこの記事一本がグインサーガもびっくりの一大巨編になりすぎるので控えますが(今すでに控えとけ)、そういう余計な仕事が目につくので、アニメ版も何だか、うーん。と思ってしまうのです。

まあでも映画版、オープニングやクライマックスの音楽のハリウッド映画のような盛り上がりはなかなかぐっとくるものがありました。ともあれ映像化されてるなあと。あの寄生獣が。あとこんなアニバーサリーな機会はもうないだろうとオットも言っていて、良いなと思った寄生獣グッズは買っておくことにしました。映画では手ぬぐい買ったった。
あとそうそう、ミギーの造形は可愛くてよかったです、映画。なのでうっかりミギーの形のメモ帳とか買っちゃいました。良い感じにつるりぬるりとしていてまさにキモかわ。アニメはちょっとキモが勝(まさ)ってしまっている。

そんなわけで私に映画を勧めてくれた友人も、「まああくまで私個人の意見なので、ダメだったら大変申し訳ない」って言ってたけど、まあ、ダメってほどでもなかったし観ておけて良かったよありがとう。おかげで久々に劇場で映画観れて楽しかったし。

そうそう、「北村一輝のうさんくささパねえ」とも思いました。広川市長役の。さすが伊藤理佐に「この顔、尊敬してます…」と言われるだけのことはある。広川市長っていうキャラそのものがうさんくさいのに北村一輝といううさんくさい顔の人が演じるからもううさんくささの盆と正月や。意味が分からない。深津(絵里)の田宮良子も思った通り良かったし、なんだかんだやっぱり生の人物が動いてあの『寄生獣』の世界を演じているってすごいことだなという感慨があるので完結編もきっと観ます。

以上、超長い感想、でした!

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須賀原洋行さんの寄稿文だけで買う価値ありました。岩明先生、やっぱり人となりも作品を読んで感じるそのままなんだなあ。



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