素晴らしかったです。
出たのは昨年8月なのですが、先日読み返して改めて本当に素晴らしかったので感想メモ。
『青い花』の最終巻もほぼ同時発売でした。こちらも良かった。
以下、ややネタバレも含む感想。
志村貴子さんの前作品、『敷居の住人』や『ラヴ・バズ』では、特に何事も起こらない、物語の中の問題は特に解決を見ず、主人公もあんまり成長せず、周囲の人との関係性もそんなに変わらず、日常の延長のままの完結、という形だったので、今回の両作『放浪息子』も『青い花』もそんなかんじで特に劇的な展開はなくそのまんま終わるのかな、と思い込んでいました。それだけに、登場人物たちに容赦なく訪れる様々な変化と、それに対する彼らの決意、行動には心揺さぶられました。『青い花』も素敵な余韻を残す終わり方でしたが、やはり特に『放浪息子』の方が激しくきた。
「変わらないこと」「一貫していること」の美しさや貴重さ、難しさを描く物語というのはたくさんあるものですが、この『放浪息子』は、「変わっていくこと」の痛さや葛藤、そしてそれを受け入れる苦しみと優しさを真正面からこんこんと描いていて、ここまではっきりそういう微妙な機微を描き切ったものはとても珍しいのではないかと思いました。
普通に成長によって(痛みや喪失をくぐり抜けながら)変わっていく、もっと言うと好ましい方向へ変わることが出来た、というのなら多いというか普遍的なテーマですが、そうじゃないこのかんじ…何と言ったらいいのか。どうしようもないものをそのままにしておくかんじ。あ、そう言うと志村貴子作品の今までと同じなのかもしれない。一貫している。
特に『放浪息子』の場合は、自分の変化だけでなく他人の変化を受け容れる物語なんですよね。そこがまた希有だと。
『放浪息子』というタイトルですが、「女の子になりたい男の子」二鳥くんの方はわりと一貫してぶれず、己の道を少しずつ進んでいるように見えます。対して「男の子になりたい女の子」高槻さんの方はぶれまくり。あんなにも嫌悪していた自分の女の身体を頬を染めて受け容れるようになっている。そこにまた葛藤や罪悪感を抱いてしまう。そういうところが妙に生々しくもあり、それだけに物語としてはスカッとしない、もやっとした展開が続くし、前作の終わり方を考えるとこの曖昧な状態のまま終わりなのかなーと思っていたのです。
そんなもやっとした、はっきりしない、そこに悩んでしまっている高槻さんに、二鳥くんはあくまで優しい。
「着たい服を着ようって言ったのは高槻さんなのに。それとどこが違うの?」
「一人は男の子になるのをやめた。ただそれだけの話。」
ただそれだけの話。なんて優しい物語なんでしょう。自分と同じじゃなくても相手を責めない、相手の変化や苦悩を拒絶せず説得も説教もせず、そのまま受け容れる。なんて懐の深い人物なんだ二鳥くん。そして安那ちゃん、彼女は二鳥くんが変わらないことをそのまま受け容れている。二鳥くんの小説を読んで思わず泣き出す安那ちゃんとその後の二人の姿にはこちらも号泣でした。お互いをそのままに受け止めあえるパートナーと出会えることは、人生の中で最も美しい事柄のひとつだと思う。
二鳥くんが小説の中で書いていた、「たぶん欲しいのは『許される箱』だった。うしろ指をさされない箱、親に叱られない箱、学校で悪目立ちしない箱、やりすごせる箱。ぼくにはその箱が与えられなかった」、そこにもとてもぐっときました。あの思春期の、10代の(20代もかも)よるべなさを思い出した。(思い出すということは忘れていられたということで、そのことにも改めて驚いたり。終わりがあるとは思ってなかったなああの頃)
それから、今さら言わずもがなですが志村さんの絵の巧さが、この繊細な物語の屋台骨を強固に、美しくかつ残酷に支えているなあ、と最終巻に近づくにつれしみじみ思わされました。
思春期の少年少女という、わずか数年数ヶ月のうちに劇的に気持ちも身体つきも変化していく存在を、確かな画力が実に正確に描き出していて、見ているこちらはいやがおうにも認識させられるわけです。どんなに二鳥くんが、高槻さんが容れ物とは違う性別を望んでも、二人の身体がそれぞれ男性に、女性に育っていってしまっていることを。もう一目見ただけで違う。服装とか表情とかそういう小道具ではなく、顔の輪郭とか鼻筋とか目の形!とか、腕や脚の節々とかそういう誤摩化しの効かないところを絵で雄弁に伝えてくるってすごいです。
いや本当に良い話だった。最終話をアニメのエンディング曲から取っていたのもちょっと素敵でした。あの曲好きだったな。
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関連あひる。
(ブログ初期の頃に書いた記事って今読むといろいろ書きすぎではずかしー)
■December 27, 2005 オスカル症候群 ~志村貴子『放浪息子』
■January 26, 2006 志村貴子フィーバー、スタートいたしました
■February 10, 2006 誰かに似ている主人公 ~志村貴子『敷居の住人』
■June 27, 2006 二鳥くん、キミはblogをやりなさい。~『放浪息子』5巻
■March 12, 2010 志村貴子『放浪息子』アニメ化
■February 22, 2011 放浪息子アニメが少年少女だった頃の自分の心の琴線をおずおずとつまびいてくる件
■April 02, 2011 放浪息子、アニメの最終回でとっても温かい気持ちに
これヨガ着として超愛用してます。かわいい!
■October 05, 2013 志村貴子『青い花』グッズ、ナタリーストアにて予約締切迫る!
震災によるTV未放送回がこの2枚にまたがって収録されています。
アルドノア・ゼロのキャラデザ志村貴子!
ぎゃあ!びっくりした!
新アニメもそれなりに録画して、これもふむふむ何やらこってりSFっぽいなー、絵柄がなんか最近あまり見かけない、ころっとした可愛いキャラだなーなんて思 …
志村貴子まつり!『娘の家出』2巻を皮切りに8冊連続刊行!
うお!楽しみにしていた『娘の家出』2巻の帯を見てびっくり!8冊連続刊行!まさしく志村貴子まつり!
まだamazonに画像がないけど以下リンクメモ。