熊本地震の記事を書いていて、早く日常に戻れますように…と言っても熊本の日常は住民に何の説明もなくミサイル基地を作られてしまっていて…あのミサイル基地はどうなっているんだろう、と検索してみたら、小泉防衛大臣のこんなツイートが投稿されていました。8月6日、広島に原爆が落とされた日です。
防衛省・自衛隊は熊本地震の対応の最中でも北朝鮮のミサイル発射などの危機管理対応に万全を期しています。 https://t.co/3PVwBr5EzY
— 小泉進次郎 (@shinjirokoiz) August 6, 2026
「防衛省・自衛隊は熊本地震の対応の最中でも北朝鮮のミサイル発射などの危機管理対応に万全を期しています。」
こんな時にそんなことをしている場合なのか、と、私は思ったのですが、北朝鮮からの弾道ミサイルが発射されたことを受けてのツイートでした。
いつも、こういう時浮かぶ洋画のセリフがあります。「いつも男たちが勝手に戦争という雨を降らせて、雨だ雨だと騒いでいるのよ!」
一人の女性が、怒りに震えながら叫ぶように投げつける言葉です。予告編でちらと見聞きしただけなのですが強く記憶に残っていて。調べたら南北戦争を題材とした『コールドマウンテン』の一場面でした。
いつも男たちが勝手に戦争という雨を降らせて、雨だ雨だと騒いでいる。
まさしく今の日本もそういう状況ではないか、と思わずにいられません。
(以下、引用も含め4600字)
今の日本の総理大臣は女性ですが、残念ながら若い頃から憲法9条をお花畑、邪魔、と断じ、改正を悲願と掲げる人物です。そういった人が男性社会の中で傀儡として据えられ、国内外で目を背けたくなるような品性のない振る舞いを繰り返していることが本当に辛く、たまらない気持ちになります。時々参加するデモの時も、「あなたが総理で恥ずかしい!」コールには周囲から一際大きなレスポンスが上がります。でも私は、毎回そういう時は声を出せません。「高市やめろ!」コールにも、ペンライトは振るけれど、それを声に出すのがあまりにも、なんと言ったらいいのか…辛くて。
日本初の女性総理が、こんなにも国民から嫌われ、疎まれ、やめろ!と叫ばれている。彼女の言動を鑑みれば当然だし、私も一刻も早く辞めてまともな人物と交代して欲しいと思っていますし、彼女が次々に海外にばら撒き続けている莫大な支援金を撤回して国内に使って欲しいと強く思っています。それでも、名指しでやめろと叫ばれている声の只中にいると、無性に悲しくなってしまう。どうしてこんなことになってしまったんだろう。
それは、黙っていたからなんだと思います。
しょうがない、どうにもならない、どうせ変わらない、と。
だからせめてこれからは、黙らずに、おかしいことはおかしいと、やめるべきことはやめろと、声を上げようと思います。後々のために。今は無視され冷笑されても、流れを止められなかったとしても、時を経て蓄積したら目に見える形になり、無視できなくなる。そう信じて。
少なくとも現状そうであるように、国内では封殺されても、国外には「日本の現在の政府はこうでも、日本国民は納得していない。反対の声が全国各地で上がっている」と正確にリアルタイムに伝わっているようなので、それだけでも意味があり、先の戦争とは違うところだと思います。それがどのくらいの効力を持つのかは定かではありませんが…。
もう一つ、今年はこちらの文章が大変印象的でした。
ジブリ『熱風』2013年7月号、「憲法改正」特集です。
ジブリ『熱風』(2013年7月号/特集「憲法改正」)
ジブリ「自民党自体が、「憲法改正」を党の使命として掲げているので、これは自然と言えば自然の流れです。しかし、自民党が描いている、憲法96条改正、そして憲法9条改正を、どれだけの人が正確に理解しているでしょうか。」https://t.co/7bbsP9fSke https://t.co/3wEGUvFaWY
— 一色登希彦 (@ishikitokihiko) May 8, 2026
巻頭の寄稿文をジブリが公式PDFファイルで公開してくれており、全文読めます!
目次。
宮崎駿監督『憲法を変えるなどもってのほか』
鈴木敏夫氏『9条 世界に伝えよう』
中川李枝子さん『戦争は怖い』
高畑勲氏『60年の平和の大きさ』
『ぐりとぐら』でお馴染み、絵本作家の中川李枝子さんの文も胸が痛みました。10歳の子供の頃の瑞々しい目線で、戦時中の日常と、そこを覆う緊張感や不安が綴られており、まるで児童文学の短編のようですが実体験という事実。戦争がいかに子供たちを苛んでいたかがありありと伝わってきます。ぜひ読んでいただきたいです。
次の高畑勲さんは、玉音放送を聞いたところで終わる中川李枝子さんの述懐に続くような形で、ご自身の子供の頃の戦争体験から、敗戦後の日本社会の意識の変遷を現在にまで滑らかに描き出しておられて圧巻でした。
こちらもぜひ全文読んでいただきたいですが、一部引用しながら、要約していこうと思います。
冒頭の一文から端的。
私の憲法第九条に対する思いは、これは全世界で実現すべき素晴らしい理想の旗であり、日本はこの憲法第九条を外交の中心に据えるべきである、ということに尽きます。
この後、9歳の時の岡山での空襲を逃げ惑った話から、敗戦後から2006年当時までアメリカが各地で戦争を続けていること、そこに日本が、沖縄などの犠牲の上に最大の戦争協力をしてきたことがさらりとまとめられています。
今(2006年)アメリカがやっきになって日本を戦争のできる国にしたがっている、憲法第九条の改定を要求している、そしてアメリカの後ろ盾がなければ日本国は立ちゆかないと考える人々が、国民が再び「血を流す」ことを可能にしようと画策している。
反戦平和を願う気持ちを伝えるにはアニメーションは有意義だったと言える、『火垂るの墓』もそういう一本とみなされているかもしれないが、たいして有効ではないと思い続けてきた。戦争がどんなに悲惨かは過去を振り返るまでもなく、現在、日々のニュースでも目撃できる。しかし、どの戦争も、始めるときには悲惨なことになると覚悟して始めるのではない。アメリカにとってのヴェトナム戦争や今度のイラク戦争のように。
いまは、戦争末期の悲惨さではなく、あの戦争の開戦時を思い出す必要があると思います。それまで懐疑的だった人々も大多数の知識人も、戦争が始まってしまった以上、あとは日本が勝つことを願うしかないじゃないか、とこぞって為政者に協力しはじめたことを。
有名人をふくめ、ほとんどの人が知性や理性を眠らせてしまい、日本に勝ってほしいとしか願わなくなっていたのです。ウソの情報を与えられて、だまされていたんだ、あるいは反対できる雰囲気ではなかったんだ、と言い訳することもできますが、それは後の祭りです。
大多数の人々は心から戦争を支持したのではないか。それまでの日中戦争のように。決して強制されただけではなくて、みんな喜んで参加した。大々的に応援した。そして酔ったように感動した。その上悪いことに、アジアの人々に対する優越感を多くの日本人が共有していた。
もしいま、日本が、テロ戦争とやらをふくめ、戦争に巻き込まれたならば、そして犠牲者が出たら、場合によっては、六十年前の戦時中同様、かえって熱くなって、多くの人が日本という主人公に勝ってほしいとしか願わなくなるのではないかと心配です。
主人公を応援してうまくいくことをひたすら願い、やたら感動したがる。泣きたがっている。オリンピックのように。
でも、戦争は映画ではないから、うまくいくかうまくいかないかは、それを応援する願望の強さによって決まるのではなく、冷厳な現実によって決まります。そしていまの映画の巧みな作り手とちがい、戦時中の無能な為政者は、うまくもっていってくれるどころか、ずるずると負け続け、多くの死傷者を出し、やめることもできず、結局、国民を玉砕・原爆・空襲・引揚げ・抑留・長期にわたる沖縄占領などの悲惨な現実に直面させたのでした。
やめることもできなくて、ずるずる。歯止めのかけようがなかったのです。別の意見をもっていて、方向転換を打ち出せたかもしれない少数派はすでに牢屋の中でした。
「この情けない私たちに歯止めをかけるすべはあるのでしょうか。」と、高畑氏は書いています。知性や理性を眠らせないですむ方法はあるのでしょうか。そのための根本理念が、憲法第九条なのではないか、と。
あの高く掲げられた理想主義の旗。これまでの日本の現実の歩みとのギャップはたしかにたいへん大きい。しかし、第九条があったからこそ、戦後の日本はアメリカに従属していたにもかかわらず戦争に巻き込まれないで済んだこと、また、過去に侵略したアジアの国々との関係で過度の緊張が生まれなかったのだ、という事実を、しっかり認識し直すべきだ。
理想と現実の相剋を、理想を捨て去ることによって解決しようとすることほど愚かなことはない。この大きな歯止めをはずせば、あとはただ最低の現実主義で悪い方へずるずるいく危険性がまことに高い。
日本国民は、歯止めをかける能力が低いのではないか。今のひどい、最低のアメリカよりももっと低い。民主主義、意見の違いを許す度量、人と違うことをする人間を認める度量、そのどれをとっても、日本は歴史的に異分子を排除する、全員一致主義をとってきた。多数派の中にいることで安心する体質。小泉(純一郎元首相)の靖国参拝や郵政民営化に対する自民党議員の対応を見ても明らか。
集団主義の私たちは、残念ながら、歯止めがかからなくて、ずるずる行きやすい体質をもっている。
第九条が無くなったらどうなる可能性が高いのか、それを、憲法と現実との整合性を求め、現実に合わせるべきだと思っている人々にも、絶対に考えてもらいたいと思います。
高畑氏の本文はここで一区切りしています。
戦争という雨を降らせてきたのは、誰なのか。
時の為政者だけではなかった。
私たち全員に、その責任がある。
私はそのように受け止めました。
同時に、当時の女性たちには参政権がなかった。ただ息子を、夫を、父を奪われるしかなかった。
戦争という雨を止めなければならない責任と、止める権利が、現代を生きる私たち女性にも今度こそ等しく持たされているはず、とも思います。
高畑氏の文章に戻りますと。
「以上の一文は、2006年ごろ、ねりま九条の会*1で話したものです。以来7年近く経ちました」と、以下の文章に続きます。
その間に、安倍晋三が教育基本法の改悪 *2、国民投票法 *3で改憲のための外堀を埋め、民主党鳩山政権が普天間基地移転問題 *4に失敗、自民党長期政権のあいだにいかに対米従属が抜き差しならぬものになっているのかを明らかにしてしまった。海外派兵や武器輸出も進んだ。
未曾有の東日本大震災での福島第一原発過酷事故への対応とその報道の非道さは、あの六十六年前の敗戦への泥沼で、一切の責任を取ることのなかった参謀本部と大本営発表をそのまま思い出さずにはいられないほどでした。〝ずるずる〞がまた起きたのです。そして衆院選挙での自民党の圧勝があり、なんと、安倍晋三が首相に返り咲いたのには驚きました。
そして、憲法は政権が変わった程度でころころ変えてはならないものだからこそ、第96条で「衆参両院の三分の二の賛成がなければ発議できない」と決めてある、と、第96条についても詳しく書かれていました。その三分の二の壁を自民党が取り払おうと躍起になっていることも。
最後には長い注釈がついています。諸外国の改憲についての制約についても詳しく書かれており、日本の改憲条件が厳しすぎるわけではない、ということがよくわかり勉強になりました。そして、2013年の時点で、すでに現状の危うさが十分予見されていたのだなとわかります。その通りに進んでいるのが恐ろしいです。
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以上です。引用だらけで読みづらかったかもしれませんが…元のPDFも、いつ削除されるかわからないので断片でも残しておこうと、このような形にしました。全文を個人的に保存もしておきました。
戦後こんなにも、「戦後」が「戦前」になってしまうのではないかと脅かされた終戦記念日はなかったのではないか。連日流れてくる政府の動向が酷すぎて毎日不安しかないのですが、中川李枝子さんが書いておられた「お母さんが暗く固い表情をしているのが不安でたまらなかった」という幼い子の見上げるまなざしを、忘れず心に留めておこうと思います。
最後に、綺麗なものも載せておきます。長岡の花火大会。町並みを覆い尽くす大輪の花々が本当に美しいのですが、これが二度と再び戦火にならないようにと思わずにいられません。
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