アンナはすべてを失ったのか? ー母の日の起源の話 [まじめに][フェミニズム][私的トリビア]


<Memorializing Motherhood: Anna Jarvis and the Struggle for Control of Mother’s Day 英語版 Katharine Lane Antolini/amazon>


母の日の起源の話を書きましたが、なんだかこう…アップした後もあれこれ考えてしまいまして。自分なりに検索したり考察したりしたところ、なんとなくまとまってきたので(いやとっ散らかってるか?)、追加で書き出しておくことにしました。

引用したナショジオの記事の結びがね。寂しい感じだったじゃないですか。

「母の日」、その起源と反対運動 | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト

「アンナは財産を使い果たし、認知症になって療養所で亡くなったが、彼女こそ、その気になれば母の日を利用して利益を得られたはずだ」とアントリーニ氏は言う。「しかし、彼女はこの日を金儲けに利用する人々を攻撃した。結果として彼女は、経済的にも肉体的にもすべてを失ってしまった」

「結果として彼女は、経済的にも肉体的にもすべてを失ってしまった」と…。
でもね、これは果たして本当にそうだったのだろうか。
経済的にも肉体的にも。
では、精神的には?

こう、よくある「闘う生意気な女性には何もかも失って孤独の中で死んでほしい」っていう何らかの勢力()の曲解じゃねえの!?と疑いまして。最近ほんと男性不信ですいませんね(いや「何らかの勢力」が男性だとは言ってないのに言っちゃった)。
というお話です。(4600字)


まずナショジオに出てくるアントリーニ氏、について調べたら、こちらは女性だった。ナショジオ記事の冒頭に明記されていました。

米ウェストバージニア・ウェズリアン大学の歴史学者キャサリン・アントリーニ氏

では、日本語訳の際に歪められた可能性は?と思って、原文をあたってみた。

(ナショジオ本国の英語サイト)
Mother’s Day Turns 100: Its Surprisingly Dark History | National Geographic

Claudeさんに訳してもらったら、まあ日本語版とさほど違いはない感じだった。ふむんぬ。

では、文末の「アンナは全てを失った」は、キャサリン・アントリーニ博士の論文にも書かれているのか…?と気になりまして。

検索してみたら、アントリーニの著書が2014年に書籍化されていました。

(リンク先はAmazon.comです)
“Memorializing Motherhood: Anna Jarvis and the Struggle for Control of Mother’s Day”(West Virginia University Press, 2014)

タイトルを翻訳に投げると、「アンナ・ジャービスと母の日の支配権をめぐる闘い」

ほう、”Control” を「支配権」と訳すのか。

ナショジオ記事の中の、母の日がいつの間にか商業的な日に変貌していたことに「強い不満を覚えたアンナは、自身が相続したかなりの資産を投じて、母の日を厳粛なルーツに立ち返らせるための活動を始めた」とか、「この祝日の主導権を取り戻そうとした」のあたりが、”Struggle for Control” にあたるのだな。ふむふむ。

amazonのあらすじも訳してみると、ナショジオ記事はこの本の内容をもとに書かれたであろうことがわかると同時に、抜け落ちているニュアンスもあることに気づかされます。

彼女(アンナ・ジャービス)が思い描いた母の日は、母性と家庭生活への感傷的な敬意に基づくものであり、家庭の中で日々母親が捧げるサービスと犠牲を称える日だった。

細かいことかもしれないけれど、まず「感傷的」という表現にちょっと違和感を持ったので調べてみた。原文は “sentimental”。検索しようとしたら、予測変換で “sentimental value” と出てきた。

“sentimental value” は、「思い出の品」や「形見」など、持ち主にとって深い思い入れや個人的な愛着がある「感情的な価値」「情緒的価値」を意味する、と。
市場で売れる金銭的価値(market value)とは異なり、その人にとって精神的な豊かさをもたらすかけがえのない価値を指しますと。

えっまさにこれじゃん!アンナの抗議内容や人生とも完全に合致する。それを「感傷的」の一言で片付けちゃダメじゃん。原文(というかamazonの英語のあらすじ)ではこの箇所は “sentimental view” となっていますが、”sentimental value” と似た表現なのでアントリーニ博士(あるいはamazonあらすじ作成者)は “sentimental value” の含む「市場で売れる金銭的価値とは異なる」の意味も当然意図してこう表現したのではないのかな。

日本語に訳すとしたらどうなるんだろう…「金には換えられない価値がある、心からの敬意に基づくものであり」とかになるかしら…何かもっと一言でこれを表す言葉ありますかね…?
だとすると、アンナは最初から母の日で金儲けをすることに反対だった、ということになるな。その意思を無視してカーネーション売られたらそりゃ激怒する。運営団体の資金集めのためだったようなので難しいところだなとも思うのですが…活動するのにお金は必要ですしね…。むしろアンナの母親もずっとそういう社会活動を続けていたのに「かなりの資産」を持っていたようなのすごいな、とも思った。

それから、「日々母親が捧げるサービスと犠牲を称える」のとこも、こんなこと子供から言われたらあらありがとうね〜いいのよ犠牲だなんて母ちゃんは思ってないけど労ってくれるの嬉しいよ、とつい母として答えたくなってしまうな。ただし子供が感謝してくれる場合に限る。感謝すらしねえ大人は叩き出す。
最近で言う「名もなき家事」という考え方に近い気がしますね。無数にある、認識されづらい家事負担。そこをアンナは意識しよう、と言ってくれていたのかな…先進的だ…いや、昔っからみんなわかってたんだよね。わかろうとしない輩が社会を牛耳ってきただけで。今もだけど。

それはともかく(ともかくしたくねえけど)。
amazon英語あらすじの続きです。

1914年に母の日が国民の祝日となった後、多くの団体が、20世紀における母性観の変化に合わせてその意味を再定義しようとした。母親の役割と影響力を家庭内だけに限定するのではなく、家庭の中でも地域社会においても母親の力を強調する方向へと変わっていった。
ジャービスはこの変化した解釈を受け入れることを拒み、母の日の知的所有権と法的所有権の両方を主張し続けた。

えっ。
反商業主義だけでなく。
アンナが極個人的に、それぞれの人が自身の母親に対して、母親が自分たち家族に捧げてくれる負担を称える日、として伝えてきたのに。
多くの団体が、家庭の中だけでなく「地域社会においても母親の力を強調する方向へと変えていった」って…

これってあれでは?(こっから完全に個人の感想です)
うちらの嫌いなやつでは?(個人の感想です)
CMとかでエプロンつけてシチュー作ってできたよ〜とか言ってる笑顔のママでは?
ドラマとかでエプロンつけて洗濯物干してる笑顔のママでは?
お〜いお茶とか言われてる側のママでは!!(そうなの?)(そうだろ!)
そりゃあ腹立つわアンナ。私財を投じてStruggleするわ。めっちゃわかる。尊敬すべき自分の母が生涯を通じ闘い主張し続けてきたものに、いつの間にかこんなぬるっと真逆の笑顔の仮面を被せられて。やさしいママァン的な。しかも地域みんなのお母さんかよ!はいはい女性といえば母性母性!クソが!(個人の感想です)

さらに、アシスタントClaudeさんも興味深いサジェストをくれまして。

アポストロフィの位置(Mother’s か Mothers’ か)にどこに置くかが重要だという点も、アントリーニは丁寧に論じていて、単数形は「感傷的でプライベートな」意味を強調し、複数形は「女性の母としての公的なアイデンティティ」を強調すると指摘しています。

つまりアントリーニの本来のニュアンスは、アンナが「信念とコントロールをめぐって闘い続けた人」であって、ナショジオの記事が切り取った「悲劇の末に破滅した人」とは少し違う像なんじゃないかと思います。

複数形は「女性の母としての公的なアイデンティティ」を強調する!
出たようちらの嫌いなやつ!
マドンナたちのララバイ的な!男はみんな傷を負った戦士的な!どうぞ〜心の〜痛みを〜ぬぐって〜小さな子供の昔にかえって熱い胸に〜〜甘えんな!!気色悪い!!子供じゃねんだよハゲ散らかしたおっさんだろうが!!(個人の感想です)お前も子供を庇護する立場なんだよいい加減に大人になれ!何が少年の心だ情緒と社会性が未発達なだけじゃねえかど畜生があああ!!(キィィィン)(マイクハウってるハウってる離して?)
女に尻拭いをさせるな!(まだ続いてた!)

失礼。取り乱しました。
いや、そうなんですよ(どう!?)
アンナは「信念とコントロールをめぐって闘い続けた人」であって、ナショジオの記事が切り取った「悲劇の末に破滅した人」とは違うんじゃないかと。そこでナショジオ記事の署名を見てみたら男性名でしたので、ああやっぱ男性が書いたのねと思いましたよねすいませんね。いやだってほんとに、男ってそんなに財産と家族を失うのが怖いの?馬鹿じゃねえの?(個感です)言いますよねパートナーとの離別後男性はしょぼくれて女性はめきめき元気になるって。男性は生活の面倒見てくれる妻がいなくなると身体壊すし孤独に陥ってすぐ死ぬって。そりゃそうだろおいお茶。最近とぅいったーで見かけて笑ったのは、妻に出ていかれた男が自分の所業を顧みずに浮気だ浮気だ騒ぐのは、妻がみるみる綺麗になっていくからじゃないかと。ぶっはっはっはお前にお茶いれるのやめただけだよ!(こんなにもここに貼るのにうってつけの記事を書いてる自分に驚き)

アンナは認知症になって療養所で亡くなった。母の日と自分の母の思想を奪回するために財産を使い果たした。母の日を利用して利益を得られたはずだが、自らの意思でそれをしなかった。そんなアンナの人生を、「経済的にも肉体的にもすべてを失ってしまった」とまとめるのはいかがなものか。

「母の日を改革しようというアンナの熱心な活動は、少なくとも1940年代初めまで続いた。1948年、アンナはフィラデルフィアのマーシャル・スクエア療養所で84年の生涯を閉じた。」ということは、70代後半まで活動を続けていたことになります。そして84歳まで生きた。

認知症になった彼女は、もっとも敬愛する母と過ごした少女の頃に戻っていたかもしれない。母の名誉のためにすでに十分に闘い抜いたのだから、何もかも忘れて、幸せだった子供時代に還っていたのかもしれない。苛烈に生き抜いた人生の終幕を、母の胸で甘えながら穏やかに送る権利は彼女にこそある。そんなふうに思います。

いや、ほんとのとこはわからないですけど。闘争の人だったから施設でもめちゃくちゃシュプレヒコールしてたかもしれんけど。でも私だったら思わずレスポンスしちゃうかもな…「俺はお前のママじゃねえー!」俺はお前のママじゃねえー!「立ち上がれ!女たちよ!」うおおおん!!!
知らんけど。個人の感想であり、ただの想像、いっそ願望かもしれないけども。

だってアンナ・ジャービス、こんなお人ですよ。



(Photograph from Bettmann/Corbis)

素敵!!
こんなふうに歳を取りたいものです。

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