人は怒っていい、と教えてくれた友人の話 [まじめに]

私の素晴らしい友人たちシリーズ、第3弾です。ふと思い出した、ああこれも書いておきたいなあと前から思っていた話(2700字)。

あのですね。前から時々登場している、「優しい通りすがりさんの話」をしてくれた友人なのですが。
これまで出てきた友人とは違い、今は彼女とは疎遠になってしまってるんですが、元気にしてるかな〜話したいな〜、と思いつつなんとなくわざわざ連絡取るのも憚られ…。

そんな彼女と、一番頻繁に会っていたのが確か30歳前後の頃で。あ、もしかして優しい通りすがりさんの話を聞いたその日だったんじゃないか!?あれは終電ダッシュのコンコースだったけど、その前の話し込んでいた居酒屋で。

彼女が、一時期精神的にちょっとヤバくてさ〜(笑)と。

こう、どんな辛い話もニコニコと笑いながら話してくれる子で。ある時、会社のストレス耐性テストみたいなのをやったと。そうしたらものすごい数値を叩き出したらしくて(笑)、と。それは彼女の過酷な境遇と、それを物ともしない生来の聡明さと胆力からきているものだと前々から話を聞いているとわかるのですが、ともかく、ストレス耐性が高いからといって、部署のお荷物な、難しい人の世話役を当てがわれてしまったと。その人のフォローで仕事量が増え。自分の仕事が遅れて溜まっていく。そこにいつも通り、他の人たちもねえちょっとこれお願いできる?と気軽に仕事を頼んでくる。気づけばとても一人ではこなせるはずのない量を抱え込んでいたのね。

でも私はそれを、「誰かが一人一人の仕事量を監督しているはずだ」「それでも私のところに話が回されてくるということは、私にそれができる、こなせる程度の量だと判断されているのだろう」と思って、受け続けてしまったのね。と彼女。

そして気づけば、朝起きられなくなってきた。立って布団から出られないから、比喩じゃなく、家の中を這って移動していたの(思い出して書きながら辛すぎるのですが、全ての語尾に「笑」がついていると思ってください)。それで、電車を乗り継いで移動することができなくなってきたから、最後の方はタクシーで出社してたのね。玄関まで這うようにして移動して、迎車で呼んだタクシーに倒れるように乗り込んで。

それで…どうだったかな。20年前のことなので細かい経緯を失念したのですが、ある日会社の誰かに気づいてもらえたのか、それとも自分でさすがに気づいてだったか、これはおかしいとのことで、病院にかかったのだそうです。精神科だったか、心療内科だったか。

そうしたら、「適応障害」と診断されたのね。と彼女。
適応障害、って正確にはどういうことなんだろう、と思って調べてみたら、ある環境に適応できず、心身に症状が出る状態を言う、みたいに書いてあって。

「それを読んで、私、猛烈に腹が立ってきたのね」

おお!穏やかな彼女が…!珍しい!

だって、当時私が抱えていた仕事量は、どう考えても一人の人がこなせる分量じゃなかった。それを、会社の中で誰も把握していないなんてまさかあり得ないと思っていた。誰かがちゃんと管理しているんだろう、と思っていたし、私ならできると判断されているから任されているんだ、と信じていた。それなのに、誰一人私に振ってきていた仕事の全体量を把握していなかった。それだけでもあり得ないことだ。

それなのに、どう考えても誰も適応なんてできないような状況に置かれても、それで壊れてしまったら、私が「適応できるだけの能力がなかった」みたいに扱われるんだ、と思って。
なんて馬鹿馬鹿しいんだろうと。笑っちゃって!(笑)

だからもう私、無理するのやめたんだよね。きつかったらきついです、って言うし、それをこちらに回されたら時間内に終えられません、って言うことにしたの。誰かがしんどいからって人に軽い気持ちで仕事を振ってきて、そのせいで私がそのしんどさを肩代わりして結果潰れても、誰も同情してくれないし責任も取ってくれない、ってわかったから。え、そんなに受け持ってたの?なんで??ってびっくりされたんだよね。いや、あなたたちに頼まれたからなんですけど(笑)。
私はよっぽどのことがないと自分の担当の仕事を人に振ったりしたことがなかったから、頼んでくる人たちはみんなよっぽどしんどいんだな、一人では無理なんだな、と思って引き受けていたのね。でもみんなそうでもないんだね!ちょっと大変だなーめんどくさいなー程度でも簡単に人に仕事を投げる人もいるんだなっていうのもわかった(笑)。

あとね、と、居酒屋のカウンターで横並びだった彼女がこちらに向き直って、

「頑張ってれば誰かが必ず見ていてくれる、気づいてくれるなんてね、あれは嘘!ってわかったよ!(笑)」

そっそうかああ!!
ほ、本当にお疲れ様…無事で良かった、いや無事じゃないけど…もうその後は大丈夫…?と、話は続いたはずですが細かいことは思い出の彼方です。

20年も前のことだけれど、「間違っているのは世界の方だ!」ときっぱりと、猛然と、でも冷静に怒りを露わにしていた彼女の言葉が、すごく印象に残っていて折に触れて思い出すのです。だって、もしかしたらそのまま戻って来れなかった可能性だって十分にあって。期待された仕事をこなせなかった自分はダメなんだ、適応できなかった自分が弱いんだ、と思わされてしまっていた可能性だってある。でも彼女にそうさせず、カッと立ち上がらせたのは、怒りのエネルギーだったのではないかな、と。自分を、というか組織の中の一員を不当に扱った環境に対する怒り。彼女のその強靭な客観性、精神の健やかさが、当時の私にはとても眩しかった。そして今振り返ってもやはり眩しいのですが、こうした彼女の欠片も、今の私の闘いをきっと支えてくれている。剣の一部となり、踏み締める地面を固めて後押ししてくれているな、と思うのです。

ーーー

そうだ!なんで彼女のことを急に思い出したかっていうと、ウミノちゃん(仮名)に話したからだ!それはまた別のエピソードなので、別に書きます!

ーーー
ーーー

関連あひる
2012-12-25 友人から聞いた、優しい通りすがりさんの話

2024-06-18 妊婦健診で、実母と疎遠にしていると言った時の助産師さんたちの反応に傷ついた話 [まじめに][機能不全家族]

「虐待する人が自分も虐待されていた割合って、3割程度しかないっていうのにね」とあっけらかんと言ってくれた。
そんなに少ないんだ?
うん、気になって調べたの。よく虐待された人は虐待する、って言われるけどほんとなのかなって。

2024-06-25 虐待の世代間連鎖は本当にあるのか [まじめに][機能不全家族]

2024-06-25 家に帰るのがつらくてよく泣いていた若い頃の話(優しい通りすがりさんの続き)、からのクソが![まじめに][機能不全家族]


ハートをつけてあげて ハート 0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です