楽天軍事ドローン参入を機に楽天をやめました、と先ほど書きましたが、続きのようなエントリです。
あの、少し前なんですけど、時々行ってた飲み屋さんでついこの手の話になってしまいまして。さっきデモ行ってきたんですよ、みたいな。そしたら同年代50前後の男性マスターにも、30歳の若い男性の常連さんにもびっくりされ。特にお若い男性は現政権に肯定的で。駅前のデモもいつもうるせえなと思っていたと。戦争反対ってお花畑か、と。
戦争は良くないし、やらない方がいいに決まってる、でも今のままだと9条のせいで攻めてこられても自衛隊は防戦しかできない、やられ放題だ、だから憲法を変えて軍隊にすることこそ他国からの侵入を防ぐ抑止力になる、と。
敵国は待ってくれない、だから憲法改正して、やられる前に攻撃できるようにすべきだと。
「戦争になったらもちろん戦地に行きますよ。親や彼女、家族を守りたいから」と。
うーん…。
何を言っても届く気がしないので、個人的な話をすることにします。と、以下のようなことを話しました。(2000字)
私は今50歳で、家庭環境は劣悪だった。親はちょうど30歳上の団塊世代。あなたのように両親が大好き、家族と仲が良い、と言えるのは(そんな話を先ほどしていたのです)とても幸運なことだと思う。でも、私の周りには私と同じような人がとても多い。親が酷かった、まともな家庭じゃなかった、安心できる居場所じゃなかったという人。個人の問題ではなく、世代全体の問題ではないかと感じるようになった。それが最近になって、第二次大戦の影響だったという研究結果を見た。
戦争で、戦地に行って殺し殺される体験をした兵士が、トラウマを抱え国に、家に戻される。そして家で妻子を殴る。殴られて育ったのが私の親世代。社会全体がそうだった。私が子供の頃は、まだ子供を殴るのが酷いことだという認識が誰にもない時代だった。親にも先生にも平気で殴られた。親の機能不全の影響を色濃く受け継いだ私の兄は妻子を虐待して夜逃げされ、甥っ子姪っ子たちは社会復帰に何年もかかってとても深く傷つけられ、苦しめられていた。
そういう形で、戦争の影響を私も受けてきたのか、と愕然としたの。
そういうことを、もう繰り返したくないの。
やっとのことで、私は、私の子供に自分の親がやったことをやらないようにやらないように細心の注意を払って生きてきた、ようやく社会もそれが当たり前だという前提ができてきたところなのに。戦後80年経って、やっと子供は殴っちゃいけないというのが常識になった。子供の前で両親が怒鳴りあってもいけない、ましてや父親が母親を殴るのを見せるのもいけない、教師も生徒を殴るどころか大声で威圧してもいけない。子供の成長には、安心感が何よりも大切なのだと。
それなのに、また戦争か。
80年前からの暴力の連鎖を必死で食い止めようとしてきたのに、また台無しにされる。戦争で心を壊された兵士が家に戻される。妻や子供が暴力に晒される。敵国が攻めてこなくても、自国の兵士に女や子供は殺されるの。家族を守るために戦地に赴いたはずの父親に、夫に、妻子は怯えて暮らすことになる。
そうなっても誰も何もしてくれない。
だから私は、戦争が起こること自体を容認できない。あなたのように家族のためにと戦地に赴く人を止めるために、戦争自体を止めたい。たとえ無駄だとしても、何もせずに手をこまねいていることはできない。
そう思って、デモに行っているの。
神妙に話を聞いてくれて(酔っ払って通り抜けてただけかもしれないけど)、「そうか、デモとか行ってる人たちはSNSのデマに踊らされてると思っていたけれど、こんなふうに自分で考えて行動してる人もいるんすね…」と言ってくれたので、少しは伝わってるといいな、と思ったのも束の間、このあと話が皇室典範だの男系伝統遵守すべしだのの方向に転じ、マスターも男女の恋愛論だの不倫しゃーなしだの言い始めたから黙ってられなくてすっかりドリフみたいな大騒ぎしちゃったんであのお店とも縁の切れ目となったのですけどそれはまた別の話だな!ほんとクソ腹立ったわ。そのうち書きたいです、「後ろ盾のない女」について。
ーー
ーー
関連あひる
■2026-05-12 母の日の花、今年はカーネーション無し!反戦と母親たち [まじめにも]
ジュリア・ウォード・ハウの詩にはこんな一節があったり。
「殺戮を重ねた夫を、愛撫や喝采で迎えたりはしない
息子達を連れ去って、
慈愛と寛容について母親達が教えてきたすべてのことを忘れさせることは許さない
女達の友愛は国境を越える
だから許しはしない
他国の女の息子を殺すための訓練を、自分の息子に受けさせることは」「父親」何しとんねんマジで。
何しとんねんマジで。

0